2010年2月号 NO.2

  1. 複雑系科学入門
  2. 針刺し事故
  3. Duchenne型筋ジストロフィー症の治療           
  4. 脳血管内皮細胞からの液性因子がMSの治療に?
  5. CISからMS以外に進展した患者の診断名
  6. 授乳によりMSの再発が低下
  7. 糖尿病性ニュ?ロパチーの疼痛にBptulinum toxin治療が良い
  8. パーキンソン病でのControversy
  9. 脱発表ジャーナリズム
  10. 島田紳助のことば
  11. 難治性CIDPの遺伝子
  12. Evodence-basedでのplasmapheresis対象疾患
  13. 分子病理学に基づくパーキンソニスムをきたす疾患の分類
  14. 霧村悠康「ロザリアの裁き」
  15. Familial ALS
  1. 複雑系科学入門と題した、中田教授にしてはそれほど難解ではないエッセイが連載中ですが、その中から知らなかったことをご紹介しましょう。(医事新報 2009;447086-9)  
    アインシュタインのそっくりさんが3.14159・・・・と横に永遠と続く長い黒板に書いて、「ながーいお付き合い」というナレーションが入る京都銀行のCFが京都では流れております。円周率の計算はコンピューターの性能の指標ともなっていますが、39桁の値があれば、宇宙の周回の計算を水素原子一つの大きさの誤差以内で計算できるんだそうな。面白いのは、次の英文と円周率の関係を想像できますか?  
    ”How I need a drink, alcoholic of course, after the heavy chapters involving quantum mechanics”それぞれの単語の文字数が円周率の数字になるんだそうですね。3.14159265358979までの15桁。  
    3月14日はπの日なんだそうで、偶然ですがアインシュタインの誕生日なんだそうな。

  2. 針刺し事故
    血液や体液により感染しうる病原体は、HIV、B型、C型肝炎ウイルスをはじめ30種類以上もあるんだそうです(日内会誌 2009;982843-8)。各種出血熱は有名ですが、単純ヘルペスや帯状疱疹、抗酸菌類、黄色ブドウ球菌、クリプトコッカス、マラリアも報告されています。2000年の1年だけで、世界中で経皮的暴露によりB型肝炎66000件、C型16000件、HIV1000件もの職業感染が起きているという試算もあるそうな。ただ、国内ではHIVによる抗体陽転例はないそうです(昔、NIHでHIVに汚染されていた炎新規を知らないで使用した実験者が感染した事例を見たことがあります)。汗を除くすべての体液には感染性病原体を含んでいるという、general precautionの対応が必要。手袋をするだけで、針刺し事故を起こしても、暴露する血液量を46-86%減らせるという報告があるそうですから、血管がわかりにくいといっても、手袋は大切ですね。ただ、手袋をしているヒトが着用していないヒトに血液が触れる可能性のある注射器の接続を依頼するような(採血後に造影剤入り注射器を接続するような行為)ことは避けて欲しいもの。血液が付いてしまった経験があります。HIV感染血による針刺し事故時の感染率は0.3%で、粘膜暴露時では0.09%と言われ、B型肝炎ウイルス、C型肝炎ウイルスのそれぞれ1/100、1/10だそうですから、感染しにくいのは事実とはいえ、気をつけましょう。翼状針を使ってなかなか血管に入らないときにリキャップすることがもっとも危険!

  3. Duchenne型筋ジストロフィー症の治療が目覚ましい進展をしています。DMD患者の遺伝子診断の結果、ジストロフィン遺伝子のエクソン単位の大きな欠失・重複異常が6割、ナンセンス変異が15%、スプライシング異常が10%検出されるんだそうです。  
    DMDではmRNA上にストップコドンが新たに出現することにより、ジストロフィン合成が翻訳の途中で停止してしまうことが原因なので、このストップコドンを標的とした治療法が考案されています。一つはナンセンス変位を読み飛ばすリードスルーと呼ばれる方法で、もう一つはスプライシング時にエクソンのスキッピングを誘導してジストロフィンmRNAのアミノ酸読み取り枠を修正するエクソンスキッピング治療なんだそうですね。  
    神戸大学ではエクソン19のスキッピング誘導をアンチセンスオリゴヌクレオチドを用いて人為的に行うことが試みられています。  
    また、GentamicinはリボゾームRNAに結合し、ナンセンスコドンと終結因子の結合を弱め、ナンセンスコドンとどれかの結合を促し、新たなアミノ酸の伸張が怒り、蛋白の合成が最後まで進行させることができるとされています。このリードスルー効果を用いたclinical trialがすでに試みられていますが、結果は一定ではありません。最近では、経口投与でき、副作用もほとんどないPTC124という薬剤が開発され、Gentamicinに変わる薬剤として期待されているそうです。中枢神経の変性疾患は原因遺伝子が判明しても遺伝子治療は難しいでしょうが、DMDからなんとか突破口が開ける可能性がありそうですね。(脳と発達 2009;4192-5)
  4. 脳血管内皮細胞からの液性因子がMSの治療に?
    ハーバード大のグループは、脳血管内皮細胞がFGFやBDNFといった栄養因子の遊離を介して、オリゴデンドログリア前駆細胞の生存と増殖を促進することを見出したそうです。血管と脳の相互関係のうち、神経と血管の間の微小環境(Neurovascular Niche)が注目されているそうで、血管内皮細胞と神経前駆細胞が相互に作用することで、神経申請や血管新生が生じる場を形成しているんだそうな。そういった「場」での現象の一つ。(J Neurosci 2009;29:4351-5; 実験医学, 2009;27:2236-9)

  5. CISからMS以外に進展した患者の診断名
    オランダのRotterdam MS Centerを受診したCIS 170例を平均39ヶ月経過後に8例がMS以外の診断になっています(Neurology 2009;73:1837-41)。ここでのCIS診断の条件は、CNS脱髄病変による神経症状が24時間以上経過した16から55歳の患者で、悪性腫瘍やHIVなど生命に関わる疾患のない患者たち。こういった研究は以前からありますし、この研究は本来はこれが主目的ではないのですが、時代の変化とともに診断名も変わるでしょうから(NMOの頻度は変わるはず)、今後もしばらくは重要と思われます。さて、その結果は・・・
    NMO                   3例
    Leber hereditary optic neuropathy     2
    Recurrent optic neuritis          1
    Dessection of vertebrobasilar artery    1
    Hereditary downbeat nystagmus     1  
    やはり、NMOは鑑別が重要。CISに対するIFNβ治療のうえで、NMO比率の高いアジア地区では今後問題となりましょう。日本では、特定疾患の申請書の関係からCISへの投与はやりにくい現状から考えますと、とりあえずは実際的な問題とはならないでしょうが。

  6. 授乳によりMSの再発が低下
    29例のMS患者と対照28例の健康な妊婦を対象とした前向き研究にて証明(Arch Neurol 2009 in press)。出産後、非授乳群では87%に、授乳群では36%で再発が認められ、この差異は有意。Lactation amenorrheaが授乳群ではより長く持続し、これが再発率減少と相関。ただ、これはnonrandomized studyで、より規模の大きなPRIMS studyでは授乳群での差異は証明されてはいません(Brain 2004;127:1353)。(J Watch Neurol 2009;11(10):77-8)理論的には効果があっても良いような気もしますし、差異がなくとも、親子の絆を考えれば授乳した方が良さそうですね。ちなみに、DMT開始時は想像とは逆で、授乳群では43%でDMTが投与されていますが、開始時は出産平均8.47ヶ月後で(DMTの授乳への影響を考えて遅くなっているのでしょう)、非授乳群では80%でDMTが平均1.23ヶ月後には開始されています。上記の効果はDMTによるものではないのは明らか。  

  7. 糖尿病性ニュ?ロパチーの疼痛にBptulinum toxin治療が良いという報告が出ています(Neurology 2009;72:1473。18例のrandomized double-blind studyで有意に減少した、と。注射3ヶ月後も効果が持続していたそうですが、どこに効いたのでしょうや?(J Watch Neurol 2009;11(10):79)
  8. パーキンソン病でのControversy
    最近、こういう方式のシンポジウムがはやりつつあります。ただ、これはあくまでもそういう立場でどこまで議論ができるか、欧米なら小学校時代から訓練されている方式。ゆえに、必ずしもいつも自分が考えている議論と同じとは限りません。  
    さて、かつては筆者も会員だったMDSJ主催による2009年10月8-10日に品川プリンスホテルで開催された第3回パーキンソン病・運動障害疾患コングレスで、Controversyを主題とする議論がありました。  
    順天堂大・森先生はBraak仮説は正しいという立場で講演し、50-70%のパーキンソン病で該当する、と。都老人研・村山先生は頻度の分布でしかなく、病変分布の進行の証明ではないと批判。パーキンソン症状の記載のないレビー小体型認知症を除外しており、これを入れると脳幹上行仮説は成立しないことを暗に認めているのだ、と。  
    東海大・吉井先生はPD患者に車の運転をさせるべきでないと主張。ドイツからの報告によれば、PD患者の11%が5年以内に少なくとも1回以上の自動車事故を起こしているそうです。運動機能の低下だけでなく、日中眠気も原因に。対処法としては、スピードを出さない、長距離を運転しない、夜間や混雑時には運転しない、車を改造する、という方法があることを紹介。NHO札幌南病院・菊地先生は、社会生活を営む上で車は必需品なので、現実的な対応法を考えるべきだ、と主張。欧米では、突発性眠気や昼間眠気が出現したら運転を中止していることを紹介。菊地先生も午後の運転は避ける、運転は15分以内に、DAを使用するなら麦角系を。香川県立中央病院・山本先生は、DA服用していても運転を中止させては以内、と。一方、福島医大・宇川先生は、てんかんのように、何らかの試験をチェックすれば運転が可能になるというような制度を作るべきであると主張。
  9. 脱発表ジャーナリズム
    毎日新聞と共同通信とが提携したと発表しました。従来の、いえ現在の新聞記事は、記者クラブをベースとした警察や行政からの発表をそのまま流しているに過ぎませんが(基本的なスタイルは大本営発表と何ら変わりません)、これでは本来のジャーナリズムではないと反省し、共同通信を介して地方紙の情報を毎日新聞へ流し、また、共同で独自取材を通した記事を発表することが狙い。ま、当然ではあります。日本独特の記者クラブなんていう妙な制度は、廃止するべきでしょう。

  10. 島田紳助のことば
    「父は娘を、母は息子を恋人と思い、父は息子を、母は娘を戦友と感じる。」
  11. 難治性CIDPの遺伝子
    CIDPの20-40%はsteroidやIVIgが効かないと言われます。これらの患者さんでは軸索障害が強いことが原因のようです。さらに、軸索障害はRanvier node, paranode, juxtraparanodeの病理変化が元になっているそうです。そこで、名古屋大学のグループは、治療が効かない原因を調べるために、Ranvier node, paranode, juxtraparanodeに関連した遺伝子のSNPsを100例のCIDPで調べました。すると、transient axonal glycoprotein (TAG) 1のhaplotypeがGGTと治療の反応性が良く相関することを発見。このTAG-1という蛋白の機能は良くは判っていないようですが、軸索だけでなく、juxtraparanodeのミエリンにも分布していて、immunoglobulin superfamilyに属しているそうな。(Neurology 2009;73:1348-52)
  12. Evodence-basedでのplasmapheresis対象疾患
    1. Evidenced-based use in clinical practice
      MGの急性増悪、術前でのコントロール
      重篤な(grade 3-5)GBS
      他の治療に反応しないCIDP
      Goodpasture syndrome
      Refsum's disease
      TTP
      Post-transfusion purpura
    2. Generally accepted indications
      Acute fulminant demyelination of the CNS
      ITP
      Hyperviscosity syndrome/paraproteinemia
      LEMS
      ABO mismatched bone marrow transplantation
      Rapid progressive glomerulonephritis
      Demyelinating polyneuropathy (IgM) in Waldenstrom's macroglobulinemia
    (Expert Rev Neurother 2009;9:1331-9一部修正)
  13. 分子病理学に基づくパーキンソニスムをきたす疾患の分類
    α-synucleinopathies   
      Parkinson’s disease
      Dementia with Lewy bodies
      MSA
      Neurodegeneration with brain iron accumulation
    Non-α-synucleinopathies
    Tauopathies
      PSP
      CBD
      FTDP-17
      Guam Parkinson-dementia complex
      Dementia pugilistica
    TDP-43 proteinopathie
      FTLD-TDP*
      Perry syndromes**
    Nonspecific degeneration in the substantia nigra pars compacta
      Autosomal recessive juvenile parkinsonism
      Some cases of parkinsonism due to mutation in LRRK2
    * frontotemporal lobar degeneration with TDP-43 inclusions. 以前の名称は、FTLD-U
    ** parkinsonism with pallidonigral TDP-43 proteinopathy.
    (Lancet Neurol 2009;8:1150-7)

  14. 霧村悠康「ロザリアの裁き」(二見文庫)  
    霧村悠康「悪魔の爪痕」(ぶんか文庫)
    これらは医療ミステリーとしては、それほど設定も無理もなく、そこそこどんでん返しもあって楽しめます。腫瘍外科医出身なので、この領域の記述も信頼性がありますね。同じ著者のプリオンを扱った時の不正確さは、大新聞の文化部記者よりひどかったですから。この2冊はこの作家の代表作といって良いでしょう。まだ、1冊読んでませんけどもね。それにしても、発行部数の少ない文庫ばかりですなあ、入手が困難。

  15. Familial ALS
    遺伝子 染色体 遺伝形式
    ALS1 SOD1 21q AD (AR)
    ALS2* Alsin 2q AR
    ALS3 ? 18q AD
    ALS4** Senataxin 9q AD
    ALS5* ? 15q AR
    ALS6 FUS/TLS 16p AD (AR)
    ALS7 ? 20q AD
    ALS8 VAPB 20q AD
    ALS9 Angiogenin 14q AD
    ALS10 TDP-43 1p AD
    ALS11 FIG4 6q AD
    ALS-FTD1 ? 9q AD
    ALS-FTD2 ? 9q AD
    ALS-FTD3 CHAMp2B 2p ?
    際限なく増えてゆく感じですが・・・