2010 年2月号 NO.1


  1. 傍腫瘍性神経症候群の脊髄液
  2. Radiologically isolated syndrome (RIS)-3
  3. 無症状脱髄病変の頻度           
  4. RISの時点での治療開始への批判
  5. 発症時の脳MRI異常のあったCISからMSへの進展
  6. 脳梁病変がCIS後の再発を予言する
  7. PPMSは軽症化している
  8. 今やシリーズ化!関西の不思議な名字
  9. IgG indexの正常値
  10. MS診断のためのMRI red flags
  11. McDonaldのMS診断基準は疾患特異性が100%ではない
  12. MSではGd注射直後に脳MRIを撮るな
  13. MSの脊髄MRI
  14. MS患者で脳MRI病変の進展は患者間では異なるが、同一患者では一定
  15. MSと血管炎の脳MRIでの鑑別
  16. 「神経診断学を学ぶ人のために」
  17. IFNβ注射による皮膚潰瘍
  18. 京都人は牛肉好き
  19. NMOの受動免疫動物モデル
  20. Seronegative NMO患者CSFでNMO-IgG
  21. NMOでは発病初期のCSF中に抗AQP4抗体産生形質細胞が存在
  22. 抗AQP4 IgGがNMOの発症に関与している証拠
  1. 傍腫瘍性神経症候群の脊髄液Paraneoplastic neurological syndromes (PNS) European databaseを用いた、295例のまとめが出ています(JNNP 2009;81:42-5)。自己抗体検出数がそれぞれの検出頻度を反映していると思われます。  
    抗Hu 170例、抗Yo 59例、抗CV2 23例、抗Ma/Ta 19例、抗Ri 15例、抗Tr 9例。これらの脊髄液所見の特徴は・・・
    1). 蛋白増加を伴わない、細胞数増多が最も特徴的な所見
    2). 24例(検査をしたうちの10%)ではoligoclonal bandsが唯一のCSF異常所見
    3). 発症3ヶ月以内のCSFは3ヶ月以降の患者より細胞数増多の割合が多い。 (p<0.01) これは、発病初期に細胞がCNSに浸潤していることを示唆しています。細胞の中身は不明ですが、CTLも入っていることでしょう。
    4). 不思議なのは、抗Hu抗体陽性症候群の場合、診断時に細胞数増多を伴っている患者の方が生命予後が良いこと。(572日vs365日、p=0.05) 本症の場合、生命予後は神経症状の重症度に依存するのではなく、悪性腫瘍の治療への反応性に依存します。抗Hu抗体の場合、肺小細胞癌が自然消滅することもあり得ることが示されており、神経細胞が傷害されることと同じように、癌細胞も傷害されている可能性があり、中枢神経内での炎症反応の活発さは腫瘍組織内での抗腫瘍性炎症反応の活発さも物語っているのかもしれません。この論文では、生命予後が良いほど、神経症状が重篤かどうかは不明。

  2. Radiologically isolated syndrome (RIS)-3RISの診断基準として、UCSFのOkudaは以下を挙げています。
    1). 偶然に見出される以下に合致する脳白質病変の存在
        ・境界明瞭でhomogeneousなovoid病変で、脳梁病変の有無を問わない
        ・直径3mm以上のT2病変が存在し、それらはBarkhofの基準の少なくとも4項目のうち3項目を満足
        ・白質病変は血管支配に合致しない
    2). 神経学的異常に合致した限局的な自覚症状の既往がない
    3). 脳梁病変を欠如したleukoaraiosisや広範な白質病変を有する患者は除外する
    4). 他の神経疾患や治療による影響などで説明可能なMRI所見ではない
    など。  (Neurology 2009;72:800-5: Nat Rev Neurol 2009;5:591-7)

  3. 無症状脱髄病変の頻度
    剖検例では、0.1%だそうな。(Acta Neurol Scand 1989;79:428-30; Arch Neurol 1983;40:533-6;; JNNP 1983;46:414-20)  
    無症状の2783例のMRIでは、0.83%。 (J Neuropsychiatry Clin Neurosci 1996;8:54-9.)  
    双生児研究では、MSに合致する無症状病変は、一卵性では2/15 (13%)、二卵性では3/33 (9%)で認められる。  
    152例の弧発例と88例の家族例で、無症状の第1親等でBarkhof基準に合致するのは、それぞれ3.9%、10.2%。 (Ann Neurol 2006;59:634-9)
  4. RISの時点での治療開始への批判
    MSへのIFNβ治療の開始は早いほどよいとされ、そのために早期診断の必要性が主張され、MSの診断基準が改訂されたという経緯があります。OkudaらはRISがやがてCISとなり、MSへ全てではないにせよ、進展する図式を想定し、RISの重要性を指摘しています(Nat Rev Neurol 2009;5:591-7)。しかし、RISの段階での治療開始への批判はあります(Neurology 2009;72:780-1)。これはCISでの治療開始と同じ論拠となると思われます。
    1). 他の疾患でもBarkhof criteriaさえ満足するMS類似のMRI所見を呈しうる (Adv Neurol 2006;98:125-46)
    2). 剖検で病理学的にMSを呈していながら、生前、MSの臨床症状が出現しなかった例もある (JNNP 1983;46:414-20; Acta Neurol Scand 1989;79:428-30)

  5. 発症時の脳MRI異常のあったCISからMSへの進展は高率であることが知られています。

    平均観察期間 5年 5.3年 14.1年
    CISから*
    65% 88%
    視神経炎から** 51%

    * N Engl J Med 2002;346:199-200.
    ** Neurology 1997;49:1404-13. ただし、3個以上の病変を有する患者


  6. 脳梁病変がCIS後の再発を予言するという論文が出ました(Neurology 2009;73:1837-41)。つまり、CISの時点で脳梁病変があると、CISからMSへの進展の可能性が高くなるというもの。言い換えれば、CISの段階でIFNβ治療開始の必要性が求められているだけに、MSの早期診断のために大切ということになります。  
    Barkhof criteriaは疾患特異性は高いものの感度が低いことが指摘されていました(Lancet Neurol 2006;5-221-7)。CISの時点でBarkhof criteriaを満足する患者は50%以下といわれており(Neurology 2008;70:1059-60)、逆にBarkhof criteriaを満足しても経過観察中にMSに進展した患者が40%しかいなかったという報告(Ann Neurol 2002;52:47-53)もあるそうです。一方、脳梁病変はMS診断、感度とも優れた指標といわれており(Radiology 1991;180:215-21)、しかも早期に出現する(Radiology 1991;180:215-21; Radiology 1999;210:149-53)、と。  
    このオランダ・ロッテルダムMSセンターでの研究では、158例を対象(110例が女性)にしており、CISでの症状は視神経炎が40%、脊髄症状が19%、脳幹症状が14%。中央値23ヶ月でMSに。中央値で39ヶ月間の観察期間後、Barkhofの診断基準と脳梁病変はそれぞれ独立して、CISからMSへの進展と強く相関していました。それぞれ、hazard ratiosと95%信頼区間は、2.6 (1.5-4.3)と2,7 (1.6-4.5)。ところが両者を組み合わせると(一方のみあるいは両者とも)、3.3 (1.9-5.7)へアップ。  
    CIS時点での実際のMRI所見(ただし、発病から中央値で1ヶ月後ですが)は興味深く、CISの時点でBarkhof criteriaを3項目以上満足していても、少なくとも3年程度ではMSにはならないということですね。もちろん、同じ部位の症状が再発する可能性はあるでしょうが。CSI時点でのMRI所見は・・・
    MSへの進展 (%) 合計 (%)
    なし あり
    正常MRI 18 (20) 6 (9) 24 (15)
    異常所見はあるが
    0/4 BC* 10 (11) 7 (11) 17 (11)
    1-2/4 BC 39 (42) 18 (29) 57 (37)
    3-4/4 BC 25 (27) 32 (51) 57 (37)
    *: Barkhof criteria


  7. PPMSは軽症化している
    カナダ・British Columbia MS databaseを用いた研究結果です(Neurology 2009;73:1996-2002)。5779例のMS患者のうち、552 例(10%)がPPMS。EDSS 6.0に到達する期間が中央値で14.0年(95%信頼区間が11.3-16.7)。当たり前でしょうが、ばらつきは比較的少ないですね。若年発症者はEDSSが6.0に到達するまでの期間は長くなります。良性MS (発症10年後もEDSSが3.0以下)の定義を満足した患者がPPMSのうち50例(9%)もいたことが特に注目されました。従来の報告では、EDSSが6.0に到達するのが発症からLyon cohort studyでは7.1年(Brain 2006;129:606-16)、London, Ontario studyでは8.5年(Brain 1999;122:625-39)。今回の研究では長くなっていますが、最近のPPMSを対象としたclinical trialでも同様な現象があり、PPMSの自然経過が変化している可能性があります。また、以前の研究では再発がオーバーラップするPRMSを含んでいたことも理由として著者らは挙げています。
  8. 今やシリーズ化!関西の不思議な名字
    向新     こうしん
    小面原    おもはら
    貝増     かいます
    前       まえ
    筈井     はずい
    甲藤     かっとう
    塩竈     しおがま
  9. 9.IgG indexの正常値施設により差があるため、文献報告例との比較は当てにならないとされていますが・・・古い方から並べますと
    正常値 or 参考値 報告
    < 0.65 Scand J Clin Lab Invest 1977;37:385-90
    < 0.73 Clin Chem 1982;28:354-5;
    東北医学誌 2003;15:54-7*
    < 0.66 (mean + 2SD) Arch Neurol 1983;40:409-13
    < 0.7 J Neuroimmunol 1988;20:217-27
    0.53±0.16 (mean + 2SD: 0.85) Neurology 1991;41:1398-401
    < 0.63 Eur Neurol 1993;33:129-33
    < 0.51 (mean + 2SD) in OND Acta Neurol Scand 1993;88:178-83*
    0.52 ± 0.29 in acute MS without OCB 埼玉医大誌 1995;23:197-205*
    0.562 ± 0.017 in OSMS 東北医学誌 2003;15:54-7*
    0.50 ± 0.06 in AD Dement Geriatr Cogn Disord 2008;25:144-7*
    * 日本人が対象    a ± b:mean ± SD
    0.73と0.85が有名な数字です。  
    根拠は不明ですが、Internetで採り上げられている基準値は・・・
    < 0.73 三菱化学メディエンス
    < 0.8 東北大学医学部多発性硬化症治療講座
    < 0.6 大阪大学医学部免疫・アレルギー内科
    0.34-0.85 北里大学Electr Univ
    捜してみましたが、欧米人NMOでの値も発見できませんでした。日本人もONDではなく、限りなく健康人に近い対象群でのデータはないのかもしれません。
  10. MS診断のためのMRI red flagsが報告されています(Lancet Neurol 2006;5:841-52)。ただし、少し古いためか、NAWM (normal appearing white matter)でoccult lesionsがない場合、NMOを考えるよう表に記載されています。
  11. McDonaldのMS診断基準は疾患特異性が100%ではないことが以前から指摘されていますが、実際にどのような疾患がこの基準を満足するのかについての具体的な記載は、あまり無いように思います。一つだけ見出しました(Ann Neurol 2005;58:781-3)。Barkhof, PolmanらによるAAN診断基準(Neurology 2003;61:602-11)への批判です。McDonalの基準でも、28例の他の神経疾患の患者中3例(2例は脳梗塞、1例は血管炎)が診断基準を満足していました。特異性は89%。一方、AANの基準では28例中20例もが診断基準を満足してしまい、特異性は29%しかありません。

  12. MSではGd注射直後に脳MRIを撮るな
    筆者らの施設では20分間隔を置いていますが、その根拠は次の論文に由来します(Acta Neurol Scand 1997;95:331-4)。Top authorはDr. Filippiです。  27例の患者を対象に、注射5-6分後と20-30分後の造影病変を比較。前者では103個、後者で110個見出され、12例の前者で造影病変のなかった患者で後者では2例で見出されています。造影病変容積も有意に増加(p=0.004)。

  13. MSの脊髄MRI復習です。
    1). 脊髄MRI所見と臨床の障害度とは相関しない。無症候性脊髄病変はMS以外ではまれ。(Lancet Neurol 2003;2:555-62)
    2). 再発時には疾患活動性のために、脳と脊髄で同時に造影病変が出現する。(J Neurol 2001;248:215-24) それゆえ、寛解期に造影脳MRIを定期的に撮影する意義はあるが、脳に加えて造影脊髄MRIを施行しても得られる情報はほとんどない。(Lancet Neurol 2003;2:555-62)

  14. MS患者で脳MRI病変の進展は患者間では異なるが、同一患者では一定という病理報告と類似した報告が出ています(Neurology 2005;65:56-61)。ここで注目されるのは、検索の対象が6ヶ月間で毎月MRIを撮影して、少なくとも5個以上の造影病変のある患者を選んでいること。自然歴を調べる目的で調査していた患者の50%が該当していたそうで、えらく造影病変の頻度がそもそも高いことが注目されます。オランダのPolmanからの報告。

  15. MSと血管炎の脳MRIでの鑑別  
    血管炎では・・・
    1). 10例で脳室周囲にMS様病変が認められたが、脳室周囲に病変が形成されるが一般に軽度で、MSではより不規則で拡大傾向
    2). 24例中3例で脳室周囲病変がなく大脳半球に病変が形成されていたが、MS114例ではこのような現象はなかった。
    3). 10例のSLEのうち、2例でmajor cerebral arteryの流域に病変が形成
    4). 8例でmultiple cortical lesions, 5例でfocal cortical atrophyが認められた。  
    LondonはQueen Squareからの報告ですが、topはDH Miller。(Neuroradiol 1987;29:226-31)

  16. 「神経診断学を学ぶ人のために」医学書院。九大出身で、田平先生、糸山先生、吉良先生とともに、黒岩門下生のお一人、京大名誉教授でもある柴崎 浩先生が新しく出版されました。

  17. IFNβ注射による皮膚潰瘍 
    悪性黒色腫の治療でもIFNβが使用されていますが、こちらでは皮膚潰瘍は問題にはなってはいないようです。この違いは、
    1). 糖鎖を持たない遺伝子組み換え型とは異なり、天然型であって、種類の異なる糖鎖を有する多数のサブタイプから構成されている。
    2). 1回の投与量が300万単位とMSより少量。
    3). 投与回数も5日間連続で投与した後は4-6週間休む。  
    ベタフェロンより投与量、投与回数が多いことが主な理由かもしれませんね。  

    私たちも経験していますが、この潰瘍は難治で、植皮を行ったヒトもいます。なぜ皮膚潰瘍ができるのかについて検討したグループがあります(皮膚病診療, 2007;29:173-6)。文献例も含めて潰瘍部の生検を行った7例中5例で、真皮、脂肪織の血管に血栓形成が認められています。なんらかの原因により、血栓が形成され血管閉塞を引き起こしたと考えられていて、その機序としては・・・
    1). IFNβが血管内皮細胞に障害を与え、局所の凝固活性を促進
    2). 筋肉内より薬剤の吸収速度の遅い皮下脂肪織に高濃度のIFNβが頻回に投与されることにより血管閉塞が生じた
    3). もともとMS患者では血小板凝集能が亢進しているとも言われていて、さらに薬剤により亢進が増悪 が挙げられています。

    そもそもIFNβによる皮膚壊死の機序としては、
    a). 誤った注射手技による感染の関与
    b). 同一部位への頻回の局所注射による物理的損傷の蓄積
    c). 添加物の作用 d). IFNβ自体のサイトカイン作用
    e). IFNβによる局所の血管攣縮 という可能性が報告されています。
    とは言っても、潰瘍を形成する患者さんはやはり一部で、何ともないヒトは大勢いらっしゃいますから、個別の条件はあるのでしょう。

  18. 京都人は牛肉好き 
    京都にわざわざ焼肉を食べに来る観光客は少ないでしょうから、京都市内にある焼肉店は基本的にレジデントたちが支えているように思われます。焼肉店の数は半端じゃありません。人口が新潟の大体2倍ですが、焼肉店だけで5-6倍はあるでしょう。以前から不思議に思っていましたが、リビング京都中央という広告紙(2009/12/12号)に特集が出ていました。総務省の統計によりますと、二人以上の世帯当たりの牛肉購入量が全国1位になったことが過去15年間に2回もあります。過去15年間で数字はずいぶん変動していますが、1年間の生鮮牛肉を1世帯当たり10-20 kgも購入しています。牛肉の料理は焼肉だけではありませんね。  
    三条で割烹も経営していますが、京都牛を販売しているモリタ屋さんでは、年末にすき焼き用の牛肉を購入するために2時間待ちの行列もできるそうで、京都人はハレの日には牛肉を食べる習慣があるのではないか、と。すき焼きで有名な店は、三嶋亭。しゃぶしゃぶ発症の店と言われるのが東山区花見小路通四条下ル二筋目東入ル、の十二段家。

  19. NMOの受動免疫動物モデルが遂に論文になりました。(Monika Bradl, Tatsuro Misu, Toshiyuki Takahashi, Mitsutoshi Watanabe, Simone Mader, Markus Reindl, Milena Adzemovic, Jan Bauer, Thomas Berger, Kazuo Fujihara, Yasuto Itoyama, Hans Lassmann Neuromyelitis optica: Pathogenicity of patient immunoglobulin in vivo. Ann Neurol 2009;66:630-43)

  20. Seronegative NMO患者CSFでNMO-IgGが検出された、という論文が出ています(Neurology 2009;72:1101-3)。未だにseronegativeなら、例えLCLがあってもNMOじゃない、なんて考えているヒトは次の論文と合わせて読むべきでありましょう。

  21. NMOでは発病初期のCSF中に抗AQP4抗体産生形質細胞が存在することが示され、遺伝子工学的に合成された抗体をEAEに受動免疫することでLassmannらと同様にNMOと同じ病理像の作製に成功しています(Ann Neurol 2009;66:617-29)。NMO IgG陽性の1側視神経炎発病8ヶ月後のCSFから抽出された形質細胞は、clonal expanded CD138+で、その多くが抗AQP4抗体を産生。

  22. 抗AQP4 IgGがNMOの発症に関与している証拠 
    上記の論文では以下の4点がまとめられています(Ann Neurol 2009;66:617-29)。 1),. 初期の病変でastrocytesのAQP4が消失 (Brain 2007;130:1194-205) 2). 再発時の抗体力価と脊髄病変の長さが相関 (Brain 2007;130:1235-43) 3). 抗体価と疾患活動性が相関して変化 (Brain 2008;131:3072-80) 4). AQP4が豊富に分布している領域の血管周囲の病変にIgが沈着 (Brain 2007;130:1194-205)