2014年5月号 NO.1

  1. MS/NMOの鑑別が困難な時、治療をどうするか?  
  2. Political Animals
  3. MSの鑑別診断
  4. Fingolimod国内治験の12ヶ月までの結果
  5. どこが違う?
  6. Natalizumab中止で疾患活動性がリバウンドし、治療前に戻る
  7. Natalizumab中止後にBrain MRI活動性のリバウンド
  8. Natalizumab後のFingolimod投与例に重篤な再発
  9. NatalizumabからFingolimodへswitchする際の休薬期間は3-6ヶ月
  10. 他の薬剤からfingolimodへswitchした時と比較して、Natalizumabからのswitch群で再発率は増加していない
  11. Fingolimod治療中のMS患者では帯状疱疹やEBVに対するT細胞反応が低下
  12. 京都のわらび餅
  13. IFNβ1b pivotal studyの21年後の死亡率
  14. 専門家とは何でありんす?
  15. 伝染性単核症の原因ウイルス
  16. EBVワクチン開発
  17. EBV特異的ペプチドで増殖させた自己CD8陽性細胞をSPMS患者へ移入
  1. MS/NMOの鑑別が困難な時、治療をどうするか?
    NMOの患者さんにMSの治療をするとろくなことがありません。IFNβで筆者は必ずしも再発を誘発するとは思っていませんが(再発頻度が多いので、3ヶ月以内に起こすことはあり得るでしょう)、再発を抑制しませんのでEDSSも増悪します(Eur Neurol. 2009;62(3):167-70)。Natalizumab (Arch Neurol 2012;69:239-45; Kitley et al. J Neurol Sci 2014, in press)やFingolimod (Mult Scler 2012;18:113-5; Clin Exp Neuroimmunol 2013;4:239-40; 臨床神経 2013;53:513-7)では再発を誘発するような現象があります。それゆえ、MSでの治療薬を投与する場合、NMOをきちんと鑑別する必要があります。でも、seronegative NMOを否定することが容易でなかったら・・・Dawson’s fingerなど、典型的な脳MRI所見を呈した抗AQP4抗体陽性例を経験しています (神経内科 2013;78:477-479)。MRIは当てにできません。滅多に使いませんが、2種類の対応策を適用することもあります。
    1). 上記のような理由から、MS患者にステロイドを投与しても再発を抑制できないだけですが、逆はまずいことが起きえます。再発した場合、NMOでは単発で失明したり、歩行不能に陥るリスクがありますが、MSではそのリスクは低いので、月単位なら待てる可能性があります。分からない場合はNMO治療を優先するべきでしょう。半年以内に変更したことがあります。
    2). 再発回数や脳MRI所見から早く治療を開始したい、でも、CSFの細胞数が多いとか、視神経炎の症状が重篤であったり、パルスの反応が弱いと言ったような理由からNMOじゃないとも言い切れない場合。やむを得ず、ステロイド20-30 mgを併用しながらIFNβを始めたこともあります。これなら、NMOであってもIFNβによる増悪を予防可能です。
  2. Political Animals
    以前にも紹介した、米国の連続TVドラマで、主演はSigourney Weaver。ハワイに司令部のある太平洋艦隊司令長官みたいなヒトが日本のTVのインタビューに答えて、”Kaijou Jieitai”と言っていて、海上自衛隊も英語なんだと吃驚した経験があります。このドラマでは、ヒラリー・クリントンをモデルにしたような役を演じている、シガニー・ウイーバーが最終回で日系女性(Brittany Ishibashiという女優さんが演じていました)と結婚する息子の結婚式で、こんな言葉を言っていました。”Sinto-wedding traditional” “San-san-kudo”! 何の説明もありませんでしたが、これで米国民は理解できたのでしょうか?直前に”Sake”という単語も出てきたので、飲み方くらいは分かったかもしれませんが。
  3. MSの鑑別診断についての論文が出ています(Handb Clin Neurol 2014;122:291-316: Neuropediatrics 2013;44:302-8; Continuum (Minneap Minn). 2013 (4 Multiple Sclerosis):922-43; Neuroimaging Clin N Am 2013;23:321-36; Neurology 2012;78:540-4; J Neurol 2012;259:801-16; Clin Neurol Neurosurg 2010;112:625-8; Mul Scler 2008;14:1157-74: Int Rev Neurobiol 2007;79:393-422; Clin Neurol Neurosurg 2004;106:197-210)。発見した時に記録しておかないと、なかなかMedlineでは探しにくいですね。最近、診断基準ではなくて、MSにmimicな疾患との鑑別がテーマの論文が目立つような気がします。じゃ、ない?
  4. Fingolimod国内治験の12ヶ月までの結果
    6ヶ月までのプラセボ対照の治験は既に発表されていますが(Mult Scler 2012;18:1269-77)、プラセボも実薬に変更して12ヶ月までのデータが報告されました(BMC Neurol 2014;14:21)。ここで、FTYを投与された抗AQP4抗体陽性患者4名は10日以内に再発を呈したことも記されました(うち、2例-埼玉医大例とうちの例-は既に別途報告されています)。
  5. どこが違う?
    日本テレビの深夜番組「月曜から夜ふかし」(2013/8/27放映分から) 日本テレビ局内にいたアナウンサーに突然、カメラとマイクを向けて以下の質問をする、というシリーズ第2弾。
    1. パンケーキとホットケーキは何が違う?
    2. ハンコと印鑑の違いは?
    3. ハイキングとピクニックは?
    4. 居眠りとうたたね?
    5. 降水確率0%という時、ゼロと読むかレイか?
    6. 確固とした辞める意思を持っている場合、次のどれを提出するのが正しいか?辞表、退職届、退職願。

    解答は・・・  どこが違う?解答編
    1. パンケーキは食事でも楽しめるので、甘さ控えめ。ホットケーキは甘い。
    2. ハンコは判を押す道具そのもののこと。印鑑は押してできる印影のこと。
    3. ハイキングは自然の中を歩くこと。hikeが語源。ピクニックは野外の食事パーティーを意味するpiqueniqueというフランス語が語源で、外で食事すること。食事もしないで都会を歩いたら・・・ただの散歩?「ちい散歩」みたいな?
    4. 居眠りは椅子に腰掛けたまま座った状態で寝ること。うたた寝は横になっている内に寝入ってしまうこと。
    5. ゼロは全くないことを意味しますが、天気予報の降水確率は10%刻みなので、2-3%であっても10%と表現するんだそうな。故に、「れい」と読むそうです。レイ%と言った場合、全く降らないわけではないそうでありますよ。
    6. 労働法によりますと・・・辞表は取締役などの役員や公務員が提出する書類で、退職願は撤回できますが、退職届は撤回不能。

  6. Natalizumab中止で疾患活動性がリバウンドし、治療前に戻る という報告が相次いでいます(Arch Neurol 2011;68:186-91; Neurology 1999;53:466-72; J Neurol Sci 2011;308:98-102)。
  7. Natalizumab中止後にBrain MRI活動性のリバウンド という報告があり(Neurology 2008;70:1150-1; Arch Neurol 2011;68:186-91)、一方、これを否定する報告も(Neurology 2011;76:1858-65; Neurology 2009;72:396-401)。
  8. Natalizumab後のFingolimod投与例に重篤な再発 が認められた、という報告が一時、相次ぎました(Neurology 2012;78:928-30; Neurology 2012;79:2004-5; Neurology 2008;70:1150-1; Neurology 2012;79:2000-3)。後述するように、まとめてしまうと有意差がなくても、一部の患者ではNatalizumab中止後に疾患活動性が高くなって、Fingolimodでも抑えきれない、という可能性は否定できないように思われます。MSはもともとheterogenousなのですから。
  9. NatalizumabからFingolimodへswitchする際の休薬期間は3-6ヶ月 という勧告が一般的のようですね(Front Neurol 2013;4:10; Expert Rev Neurother 2011;11:165-83)。オーストラリアでは8週間が休薬期間だそうです(Neurology 2014;82:1-8)。筆者は治験のextension studyの際、3ヶ月で変更しました。
  10. 他の薬剤からfingolimodへswitchした時と比較して、Natalizumabからのswitch群で再発率は増加していない という報告が536例の集計で出されています(Neurology 2014;82:1-8)。この集計でのNatalizumab治療期間の中間値は2.65年。当然ですが、IFNβ/GAからのswitch群よりFTY治療後の年間再発率は低いですが、Natalizumab治療時(0.26)とよりやや増加します(0.38, p = 0.002)。FTY治療後の最初の再発までの時間はFTY治療開始前6ヶ月間の再発回数で予告できます(HR = 1.60 per relapse,; 1.19-2.13, p = 0.002)。つまり再発回数が多いほど、FTY治療後に再発するまでの時間が短いんですね。Natalizumab中止後、2ヶ月以内にFTYを開始すると再発riskが低いですが、2-4ヶ月空けると高くなります(HR = 2.12, 1.04-4.32, p = 0.040)。PMLを考えずに再発リスクだけを考慮すると、Natalizumab を中止したら2ヶ月以内にFTYを始めた方が良い、と。
  11. Fingolimod治療中のMS患者では帯状疱疹やEBVに対するT細胞反応が低下 していて、そのために患者の20%では再活性化されて唾液にウイルスが分泌され、DNAが認められています(7/35, 4例はVZV、3例はEBV)(Neurology 2013;81:174-81)。MSの病因との関連ではEBVのほうが強いのですが、Fingolimodでの有害事象としては感染症やhemophagocytic syndromeはEBVではなくて、VZVとの関連が示唆されています。
  12. 京都のわらび餅
    ベスト3は
    遊形 サロン・ド・テ (俵屋旅館の喫茶店)
    笹屋昌園
    茶洛 (最近移転し、今出川に面した目立つ場所へ)  でしょうか・・・
  13. IFNβ1b pivotal studyの21年後の死亡率
    少し前ですが、ヨーロッパ神経学会(1回しか発表のために出席したことはないのですが)とECTRIMSで聞いたことがあり、その後、国内でもメーカーによる宣伝に使用されたデータがあります(Neurology 2012;78:1315-22)。Pivotal studyの結果は20年前に報告されています(Neurology 1993;43:655-61; Neurology 1993;43:662-7)。21年後、なんと98.4%の患者さんを追跡調査。その結果、プラセボ群に比して、治療群で死亡率が低下したことが示されました。注意すべき点があります。
    1. IFNβ治療を21年間、継続していたわけではなく、途中の治療は問うてはいません。情報はありません。初期治療が重要だ、という意味ではそれで良いのかもしれませんが、初期にpivotal studyに参加した、という背景はその後の治療にも影響はする可能性はありますから、プラセボ群さえ、現実の患者群とは異なったコホートでしょう。ここでは患者軍同士の比較はともかく、数値の絶対値自体の取り扱いには、欧米の患者さんを対象としても注意が必要です。各医療機関のチャンピオンケースが多いはずですしネ。
    2. 当然のことですが、国内での宣伝では強調されなかったこと。IFNβ1b治療群は2群に別れていて、50 μg群と250 μg群との比較データも出ています(ハザート比では46.0% vs 46.8%)。筆者には余り違いはないように思えます。メーカーは強調したくはないでしょうが、治療しないよりは50 μgでも注射した方が良い、ということになりますね、少なくとも死亡リスクでいえば。つまり、発熱やだるさがきつかったら、1/5量でも良い、ということになります。もちろん、再発率とか、別の問題はありますけどね。
    3. 日本人患者ではどうか、という問題があります。筆者に知る限り、死亡のリスク自体の報告はないと思います。当院で最近、亡くなった患者さんたちはNMOが多いということを筆者は報告したことがありますが(神経内科 2011;74:604-6.)、今後は早期診断・治療が可能になりましたから大きく変わるでしょう。MS患者さんはほとんど一般集団に紛れていると思われます。旧療養所で亡くなる患者さんはほとんどいないでしょう。疾患活動性やEDSSを考えると、NMOより合併症も少ないでしょう。MS関連死自体が少ないと思われます。

  14. 専門家とは何でありんす?
    たとえば、MS/NMOの専門家という場合、MS/NMOの主要な論文の出ている雑誌は読んでいます、というのではお話になりませんでしょうねえ。患者さんの診療はとても良い経験になるはずです。もちろん、あらゆることを経験することはできないので、論文を読むことは大切です。症例報告も重要ですし、大切なことが全て印刷されるわけではないので、学会へ行って、発表を聞く必要もありますし、分からないことは発表者に確かめることも必要でしょう。Undergroundでの情報も重要です。最先端の重要な情報ほど、印刷物ではなくて、メールや昔ながらの口伝えです。あの治療法は思ったほど、効果がない、こんな問題がある、といった情報は全てが雑誌には掲載されませんし、伝わる速度が全く違います。仲間になるしかないですね。これが狭い専門家集団。しかも、これが何重かになっているのが、不愉快ではあります。会社で言えば、アクセス制限みたいなもの。でも、こういう構造が見えているヒトが、世界の中での自分の立ち位置が分かるヒトが専門家でしょう。ありとあらゆる情報にアクセスできるなんて幻想です。疑問点を直接外国のメーカー本社に問い合わせたりはしていますが・・・多分、教えたくない情報ほど、持っているはずなのに教えてくれません。
  15. 伝染性単核症の原因ウイルス
    EBV     90%以上
    Cytomegalovirus
    (N Engl J Med 2000;343:481-92)
  16. EBVワクチン開発
    米国では毎年、約125000例の新しい伝染性単核症(IM)患者が発症しているそうで、うち1%では脳炎や肝炎、重篤な溶血性貧血、血小板減少症が発症。悪性腫瘍とも関連していて、EBV関連胃がんが84000例、nasopharyngeal carcinomaが78000例、Hodgkinリンパ腫が28000例いるとされています。もちろん、IMはMS発症の重要なリスクでもあります。  

    動物実験しにくいのは、ヒトへの親和性がきわめて強く、種特異性に近いため(不可能ではないようです)。以前からEBVワクチン開発が試みられていて、ネットでも検索できますが、その割に市場にはなかなか登場してきません。わずかな治験はあって、HLA B0801拘束性CD8陽性T細胞を誘導するEBV latency proteinのワクチンではIM発症を抑制できた、という結果はあるようです(J Virol 2008;82:1448-57)。動物実験でワクチンの効果を調べられないため、ヒトで評価するしかないのですが、発症抑制を指標とすることが評価方法として困難で、このことがワクチン方法樹立を困難にしているようです。感染抑制と発症抑制とは一致していないようで、1985年に開発された、gp350を用いたワクチンではIM発症を抑制できるけれども、感染自体は阻害できなかったそうです(Vaccine 2013;315:B194-6)。EBV構成蛋白の種類が多く、抗原(複数の組み合わせを含めて)の選択も困難。ある程度決まれば、その地域のたとえば90%をカバーできるHLAに結合するペプチドカクテルを用意することは可能ですけどねえ。性行為感染症でもありますし、10代での感染とIM発症はできたら避けたいもの。中学生に投与する?
  17. EBV特異的ペプチドで増殖させた自己CD8陽性細胞をSPMS患者へ移入するという報告がありました(Pender, et al. Mult Scler, in press)。HLA A2とB7を有する42歳男性患者で、4回投与したところ、CSF IgG産生能が低下し、脳MRI造影病変が減少。半年の経過を見た結果ですが、8.0というEDSSがどうなったかは不明。おそらくは変化はなかったのでしょう。  

    このtrialの根拠は、MS発症機序にEBVが関与しているという多くのデータの他に、CD8陽性CTLによるEBV感染B細胞の除去がうまくいかないことが、CNSにEBV感染性の自己抗原反応性B細胞が集蔟する、という仮説。自身のEBV感染性B細胞に反応するCD8陽性T細胞の頻度が減少しているという報告(JNNP 2009;80:498-505)や、これらの細胞がCNSに集蔟している、という報告があります(J Exp Med 2007;204:2899-912; Neurology 2012;78:15-23)。また、EBNA1、LMP1、PMP2Aでin vitroで刺激して増殖させた自己T細胞を投与することにより、転移性nasopharyngeal carcinomaの生存率が増加したという報告(Cancer Res 2012;72:1116-25)やMS患者脳のEBV感染B細胞は同じ抗原を発現している、という報告(J Exp Med 2007;204:2899-912; JNNP 2010;69:677-93)があります。で、今回、同じエピトープを用いた、と。Editorialも出ています(Fissolo N. Mult Scler, in press)。MSでのEBVについては30年近く前から報告されていたそうな。上記の患者さんは抗体は既感染のパターンで、末梢血中のEBV特異的CD8陽性細胞がEBVキャリアに比して少なかった、と。使用したペプチドカクテルには含まれない、他のHLAに結合しうるペプチドを用いた同様のtrialが必要、とコメント。