2010年4月号 NO.1

  1. Paraneoplastic stiff-person syndrome
  2. MS急性期への経口と点滴ステロイドパルス療法の比較
  3. 脳MRIでのT2病変や造影病変は臨床試験に役立たない           
  4. 再発は発病から5年以内は病気の進行に影響するが、10年以降あるいはSPMSでは関係ない
  5. 再発から時間が経過すると造影病変数は自然に減少する
  6. 欧米でMS再発頻度が低下している
  7. NMOとRRMSでのOCTによる区別
  8. CISへのCopaxon治療効果
  9. Narcolepsyを合併するMS病型
  10. ブランディではない、VSOP
  11. コンサートのチケット代への疑
  12. Neuro-IRIS/Natalizumab治療後のNeuroIRIS
  1. Paraneoplastic stiff-person syndrome とも言うべき概念があるようです(Neurology 2008;71:1955)。621例(!)のstiff-person syndrome (この数字に呆れます)患者で抗GAD抗体が見出されたのが116例。一方、抗amphiphysin抗体は11例で見出され、全例女性で、10例で乳癌が発見されました。乳癌-抗amphiphysin抗体- stiff-person syndromeの関係が証明されました(J Watcj Neurol 2009;11:53より)。

  2. MS急性期への経口と点滴ステロイドパルス療法の比較
    2週間以内に少なくとも1ヶ所の造影病変を有する再発のある、EDSS 6.5以 下、55歳以下のRRMS患者を対象に、それぞれ1g/day5日間投与による比較が報 告されました(Neurology 2009;731842-8)。baselineと1週後、4週後の脳MRIと EDSSで効果を判定。再発は脊髄症状を伴わず、EDSSが少なくとも1.0以上増悪 しているか、FS scoreが少なくとも2以上増悪しており、studyに入る時点で改善がないことが条件。また、30日以内にステロイドや免疫抑制剤の受けていな いことも条件。  

    40例をランダムに割り振り、baselineの造影病変数は点滴、経口がそれぞれ 1-20,1-21だったのが1週後にはそれぞれ0-2、0-7に減少。両者の効果に有意差 はなく、有意に造影病変数が著減し、4週後のEDSSも改善(p<0.001)。

  3. 脳MRIでのT2病変や造影病変は臨床試験に役立たない
    英国・OxfordのProf. Ebersらによる刺激的な報告です(Neurology 2009;72705-11)。脳MRIでのT2病変はdisabilityの指標として、造影病変は再 発の指標として臨床試験に取り上げられているので、この妥当性を検討する目 的で、RRMSやSPMSを対象とした、31の臨床試験を分析した結果。T2 lesion loadは臨床試験終了時でのdisabilityを予言できないし、再発のリスクは造影 病変よりも、試験前の再発頻度(病歴上であっても)の方が治療開始後の再発を予言できる、と。指標としての造影病変は再発を予言できない、と  

    脳MRIのこれらの指標はMRI activityとして取り上げられていますが、 EDSSやADLをT2病変数や容積が必ずしも反映しないことは判っていますし、造影病変があるからと言って、必ずしも症状を呈するとは限りません。あくまで も疾患活動性を反映しているだけなので、治療の目的がdisabilityの低下や再発抑制だからと言って、直ちにこれらの指標が無意味とはいえないようには思 いますが・・・

  4. 再発は発病から5年以内は病気の進行に影響するが、10年以降あるいは SPMSでは関係ないという報告が出ています(Neurology 2009;731616-23)。つまり、発病から5年以内なら炎症病変がEDSSの増悪に関与するので、再発防止はEDSS増悪を予防できるけれども、長期経過例では変性が主体になるから抗炎症療法では効果が期待しにくいということでしょうか?

  5. 再発から時間が経過すると造影病変数は自然に減少する
    IFNβ1aの効果判定を目的としたPRISMS studyのplacebo群を解析した結果が出ています(Neurology 2008;701092-7)。2年間で少なくとも2回の再発の既往のある患者が対象ですが、ここではenroll criteriaに脳MRIでの造影病変の有無は条件には入ってはいません。65例のうち、baselineで造影病変のない患者 が32例、1-3個認められたのが19例、3個以上が14例。1個しかないのが12例と最多。3個以上認められた群での低下は特に顕著で、placeboであっても造影病 変数は時間経過で徐々に減少するので、crossover studyを行うと、治療薬と の有意差が出にくくなることに警告を発しています。placeboとの比較試験でも、相当強力に治療薬が抑制できないと有意差を出しにくいかもしれません。 特に、細菌、欧米でも年間再発率が低下しており(Neurology 2008;71(Suppl 3)S8-S13)、疾患活動性が以前より低くなっている可能性もあることを考える と、以前よりIFNやCopaxonの治療効果を証明しにくくなっていることが考えられます。特に、日本人ではしんどいかも。

  6. 欧米でMS再発頻度が低下している
    1992-2001年と2002-2007年に終了した臨床試験を比較すると、同じ薬剤でも年間再発率が0.55-0.85から0.2-0.35へ半減(Neurology 2008;71(Suppl 3):S8-S13)。この理由として、
    1). 重症進行例が治験に入らなくなってきた
    2). 女性が増加しているなど、自然歴が変化している可能性
    3). より発病早期の患者に投与されるようになってきた
    4). Auto-injectorsの普及など注射技術の向上により、コンプライアンスの改善
    5). FCSもヒト血清も含まないIFNβ1a (Rebif)の登場により、皮膚反応がより減少  
    今後は注射回数の減少も期待可能。Copoxonは20 mg隔日投与でも連日投与と同じ効果があることも指摘されています(Curr Opin Neurol 2009;22 Clin Update 1:S4-9)。

  7. NMOとRRMSでのOCTによる区別
    筆者らはOCTの新しい機械を使用した日本人女性の年代別正常値を発表したり(田中正美、富田 聡、田原将行、松井 大、田中恵子:光干渉断層計(optical coherence tomography)の多発性硬化症への応用。神経内科, 70:402-7, 2009.)、NMOとRRMSの違いについても班会議報告して参りました。新しい結果が報告されています(Neurology 2009;73:302)。
    1). NMOでもRRMSでも最初の視神経炎によるRNFL(視神経の根本の神経束が走っている網膜表面の層)へのダメージはその後の視神経炎によるダメージより大きい。つまり、最初の視神経炎の重症度が最もきつい!NMOでは最初に失明してしまうリスクが最も高い。
    2). 1回の視神経炎のエピソードで生じるRNFLへのダメージは、NMOがRRMSより24μmダメージが強い。
    3). 1側の視神経炎の既往のある患者では、左右のRNFLの厚さの違いが15μm以上ある患者の割合は、NMOがRRMSの3倍多い。

  8. CISへのCopaxon治療効果が報告されています(Lancet 2009;3741503-11)。18から45歳までの大脳脱髄病変によると考えられるエピソードがあり、脳MRIに少なくとも2つの病変を有する患者を対象に施行されました。このPreCISe studyで3年間で45%がMSへの進展を抑制され、25%の患者がMSへ進展するまでの期間もplacebo群の336日から722日 (115%)に延長。アミノ酸の混合物でしかない割には副作用はIFNβに類似していて、注射部位のirritation、白血球数減少、肝機能障害、flu-like symptoms、鬱症状の増悪。一方で、CISからMSへは必ずしも進展するとは限らず、follow期間にもよるでしょうが(2回目のエピソードが20年までパラパラと分布していますから)、10-20%はMSにならないとも言われていて、早期治療の問題でもあります。ただ、後遺症の元になる変性病変の出現を抑制するためには早期治療が重要であることは確かで、エコノミーとも絡んで、今後の問題になるかもしれません。CIS患者にIFNβ治療を開始することは、公式には国内では患者に負担を強いることになりますし、難しい問題です。

  9. Narcolepsyを合併するMS病型
    116例のナルコレプシー患者のうち10例が多発性硬化症という報告が出ています(Sleep Med rev 2005;9:269-310)。責任病巣の位置がAQP4の豊富に分布している部位でもあることから、NMOとの関連が想定されます。当初、MSと診断され、excessive daytime sleepinessを呈した7例の日本人例が、秋田大、新潟大(下畑グループ)、北大、東北大の共同研究で報告されました(Arch Neurol 2009;66:1563-6)。

  10. ブランディではない、VSOPが、”very specialなんとか”でもありません。”very small superparamagnetic iron oxide particle”のことで、略してVSOP。Microglia/macrophageに取り込まれるので、炎症病変の検出が可能となります。PLP特異的T細胞を使用したtransfer EAEで7Tのrodent用MRIでGd-DTPAによる造影病変と比較すると、VSOPでしか検出できない病変が13あり、両者で検出されたのが42。Gd-DTPAのみで検出された病変はなし。VSOPにより検出される病変は、T2*で低吸収域となります(J Neuroinflam 2009;6:20)。
  11. コンサートのチケット代への疑惑
    いえ、大層なことではありません。外国から呼んでくる「呼び屋」が儲けすぎている、なあんて主張するつもりはありません。20年前、ワシントンDC郊外のアリーナでマイケル・ジャクソンの公演をやっていましたが、日本公演の半分以下の値段でしたね。ま、舞台装置やスタッフを連れてこなけりゃいけないのですから、米国国内よりは割高になるのは仕方ないでしょう。その値段が許せるかどうか、ですね。米国では未成年でも行ける値段でした。

    さて、本題です。オーケストラが演奏する交響曲のコンサートとピアニストが一人で演奏するリサイタルとのチケットの比較です。人件費、旅費や運送費、保険代など、オーケストラは大変です。通常、オーケストラの楽器は自前ですね。ピアニストの中に、公営ホールにあるようなものなんか使えるか、と自前のピアノを持ち込むヒトはいるでしょうか?文句を言って、メーカーなどを指定する演奏者はいるかもしれません。でも、それらの費用の差はチケット代に反映されていると言えるでしょうか?オーケストラの場合、VPOでさえベルリン市から援助をもらっていますから、さまざまな援助はあるでしょう。個人の場合、人気によっては楽器をプレゼントしてくれる後援者はいるでしょう。しかし、オケのほうが圧倒的に維持費がかさむはずです!この差はチケット代に反映されるべきであります!オーケストラの公演チケットを高くするのではなく、不当に高いのではないかと想像される(!?)リサイタルのチケット代を引き下げろ、と言いたいのですね。たぶん、できないでしょうから、せめて私はオーケストラのCDを買うのです。

  12. Neuro-IRIS後半はアイリスと読みます。HIVウイルスに対する治療が奏効することで免疫機能が回復し、そのために炎症反応が強まることで症状を呈する、免疫再構築症候群はよく知られていますが、その臓器特異的症状とも言うべきものが中枢神経に限局した、NeuroIRIS。カナダ・アルバータ州南部の461名の抗ウイルス治療を受けた患者を対象にretrospectiveに解析し、4例(0.9%)にNeuroIRISを見出し多という報告が出ています(Neurology 2009;72:835)。  
    ここでのNeuroIRISの定義は、
    1). 抗ウイルス療法開始後に発現した新しい神経症状、あるいは従来あった症状の増悪
    2). 薬剤の毒性や日和見感染では説明できない
    3). 末梢血CD4陽性細胞の上昇に伴って神経症状が出現
    4). 血清中のHIVウイルス量の低下に伴って出現  
    MRIでは大脳白質に造影効果を伴うT2およびFLAIR高信号病変として認められ、acute multifocal leukoencephalitisとして出現。他のシリーズの患者も含めて、7例を対象に解析すると、治療開始からの時間では、4週間以内と25週までの2つのピークが存在するそうな。5/7例ではステロイドを使用せずに改善し、MRI病変も消失したそうで、ステロイドの使用の是非は未確認。(J Watch Neurol 2009;11:70)

  13. Natalizumab治療後のNeuroIRIS
    PMLを発症した2例で薬剤の血中濃度を落とすためにplasmapheresis施行3-4週後にNeuroIRISを発症。神経症状が増悪し、元々存在していたPML病変が増大し、造影効果も認められ、新しい病変まで出現。  

    Natalizumabはきわめて強力なので、Natalizumab治療中に神経症状が増悪した場合は、再発ではなく、PMLを疑えと言われています。1000人当たり1人のPMLが発症する頻度と言われます。発症機序としては、
    1). Α4β1 integrinが脾のmedullary zoneにあるため,この機能がブロックされてB細胞が流血中に放出
    2). JCV感染B細胞が脳へ持ち込むらしい
    3). JCV特異的CD8陽性CTLの脳への流入を阻害
    4). 血管周囲の樹状細胞、B細胞が治療患者脳で消失。抗原提示細胞の消失
    5). 骨髄からCD34幹細胞が放出され、これがウイルスの再活性化のソースに などが想定されています。  

    どうもヨーロッパと米国でPMLの頻度に相違があるようで、欧州のJCVの毒性が強いのか、ヨーロッパ人の感受性が強いのか不明だそうな。  
    PMLは治療開始1年以上経過してから発症しますが、長期間治療した場合、線状にリスクが高まるのか、drug holidayがリスク軽減に有効なのかは未だ不明です。(J Watch Neurol 2009;11:82などより)