2009年9月号 NO.2

  1. 認知症の進歩
  2. TDP-43 proteinopathy
  3. 新しいプリオン病
  4. パーキンソン病患者の自動車運転の可否
  5. Fainting goats 
  6. Autosomal recessive cerebellar ataxia
  7. Tuberculous radiculomyelitis
  8. 高電圧感電後の神経症状
  9. 網膜色素変性症を伴ったパーキンソニスム剖検例
  10. 「石器時代は石が無くなったから終わったのではない。」
  11. Sporadic and acquired ataxias
  12. thunderclap headacheをきたす疾患
  13. 各種検査と胎児の被曝線量
  14. 2008年の血管系を除く神経病学の進歩
  15. PSPは遺伝が背景?
  16. 感染症予防法での対応
  1. 認知症の進歩  
    軽度認知障害(mild cognitive inpairment: MCI)は、主観的にも客観的にも記憶障害の訴えがあるけれども、日常生活動作は保たれている状態を言います。最近、このMCIの前駆状態として、SCI (subjective cognitive impairment)という概念が提出されています。これは、記憶障害の訴えが主観的なもののみで、他人からは記憶障害を指摘されない状態だそうで、ドキッとしますね。タレントなどの有名人の名前なんか、とっさにちっとも出てきません。反町と結婚したの・・・松嶋なんだっけとか。  

    MCIには認知機能が変化しない群と進行する群とが知られていて、amnestic MCIは1年間で12%がアルツハイマー病に移行するそうな。進展に関与する要因は、
    1). 遅延再生不良 (なんだこれ?)
    2). 海馬領域萎縮
    3). 側頭頭頂葉や後部帯状回の血流・代謝低下
    4). 髄液中リン酸化タウ蛋白高値
    5). ApoE4陽性  
    βアミロイドPETイメージングはMCIの60%で陽性で、早期診断に期待されているそうです。
    (医事新報, 2009;4425:89)
  2. TDP-43 proteinopathy
    1). 第17番染色体に連鎖する家族性前頭側頭型認知症(FTD)
    2). valosin-containing protein (VCP)遺伝子変異による骨Paget病
    3). FTDを伴う遺伝性封入体筋炎
    4). Guam・紀伊のALS/パーキンソニスム・認知症複合
    5). アルツハイマー病
    6). レビー小体型認知症の一部
    (医事新報, 2009;4425:90-1)
  3. 新しいプリオン病が報告されていることが三木先生らの総説で紹介されています。通常のプリオン病はproteinase Kに抵抗性となった異常プリオンが沈着しますが、これは違います。その特徴は、
    1). 認知症の家族歴を高率に認める
    2). 平均発症年齢が62歳
    3). 全経過は20ヶ月の進行性認知症
    4). 脳波ではPSDがない
    5). 髄液中の14-3-3蛋白は増加せず
    6). 拡散強調画像で皮質の限局性異常信号がない
    7). プリオン遺伝子変異がない
    8). 組織学的に海綿状態が認められ、プリオンが沈着
    9). プリオンはproteinase Kで消化される
    最後の特徴から、protease-sensitive prionopathy (PSPr)として報告されました(Ann Neurol 2008;63:697)。
    (医事新報, 2009;4425:91)
  4. パーキンソン病患者の自動車運転の可否について、武蔵病院時代の久野先生が回答を寄せています(医事新報, 2009;4425:111-2)。麦角系アゴニスト(ブロモクリプチン、ペルゴリド、カベルゴリン)は心臓弁膜症の副作用があるため、日本神経学会はドパミンアゴニスト開始の第1選択薬は非麦角系アゴニストとする使用上の注意を出しています。それらでは治療効果が不十分であったり、忍容性に問題があるときのみ使用するべき、と。一方、非麦角系アゴニストでは突発性睡眠をきたすことがあるため、自動車運転を日常業務とする場合、危険です。そこで、ブロモクリプチンは麦角系ですが、弁膜症のリスクも少なく、眠気も少ないので、このような場合には第1選択薬として適切であろうとコメントされています。ただし、パーキンソン病では薬剤だけでなく、疾患自体が原因で日中眠気を来すことがあるし、疾患による注意力低下や動作緩慢もあるので、タクシーやバスの運転はやめるべきであろう、と。
  5. Fainting goats (死んだふりヤギ) 
    テレビで手をたたいたりして音を立てると引っ繰り返ってしまうヤギが紹介されていました。狼などに襲われたときに、死んだふりをするのだと紹介されていましたが、食べられちゃうでしょうに!神経内科医なら見ていてすぐに気が付きますが、これは病気です。myotoniaだろうと見当が付きましたので、すぐに判りました。やはりmyotoniaの一種で、骨格筋膜chloride conductanceが減少してsarcolemmal hyperexcitabilityのrelaxationが遅れる為なんだそうな(Proc Natl Acad Sci USA 1996; 93: 11248-52.)。chloride channelC末の一塩基置換が原因であることが判っています。  

    このmyotonic goatsはテネシー州が起源で、John Tinsleyという農夫が1870年代に見せ物としてこのヤギを使っていたようです。常染色体優性遺伝。子宮内でもmyotoniaは認められるそうです。myotoniaはイヌ (Chow Chow)、マウス、ハト、quarter horsesでも認められるそうです。
  6. Autosomal recessive cerebellar ataxia
    Degenerative ataxias
     Friedreich ataxia
     Coenzyme Q10 deficiency with cerebellar ataxia
     Charlevoix-saguenay spastic ataxias
     Early onset cerebellar ataxia with retained tendon reflexes
     Mitochondrial recessive ataxic syndrome
     Marinesco-Sjogren syndome
    Congenital ataxias
     Joubert syndrome (JBTS) JBTS1, JBTS2, JBTS3, JBTS4, JBTS5
     Cayman ataxia
    Metabolic ataxias
     Ataxia with isolated vitamin E deficiency (AVED)
     Refsum’s disease
     Cerebrotendinous xanthomatosis
     Abetalipoproteinaemia
     Metachromatic leukodystrophy
     Niemann-Pick type C
     GM1 gangliosidosis
     GM2 gangliosidosis (Tay-Sachs disease)
     Chorea-acanthocytosis
     Wilson’s disease
     Aceruloplasminaemia
    Ataxia and DND repair defects
     Ataxia telangiectasia
     Ataxia with oculomotor apraxia 1 (AOA1)
     Ataxia with oculomotor apraxia 2 (AOA2)
     Ataxia telangiectasia-like disorder (ATLD)
     Spinocerebellar ataxia with axonal neuropathy (SCAN1)
    (Curr Opin Neurol 2009; 22: 419-29)
  7. Tuberculous radiculomyelitisは結核性髄膜炎後に発症しますが、適切な治療を行い、CSFのsterilization後でさえ発症すると言われます(Clin Inf Dis 2000;30: 915-21)。以前から(多分、もっとも頻度が多いのではないかと個人的には想像していますが)本症はカリエスの合併症と考えられてきましたが、Pott病がなくても発症しうるという報告があるそうです。感染ルートとしては以下の3者が指摘されていて、
    1). 一次性の感染部位(血行性に肺から脊髄に感染するんでしょうね)
    2). 髄膜炎からの拡大
    3). Vertebral tuberculosisからの二次的拡大  
    nonimmunosuppressed patientsでは胸髄が最も傷害されやすい部位。
  8. 高電圧感電後の神経症状 
    新潟県立新発田病院の桑原らが報告しています(Intern Med 2009; 48: 1179-82)。直後には心停止することもあり得ますが、感電直後に死亡しなければ、直後の中枢神経症状としては意識障害、confusion、痙攣などが認められ、数年後には白内障やMND様症状が出現することも。  

    電気が体に入った部位と出た部位は火傷を負うので判るようです。右後頭部を受傷した3年後に視力障害が出現し、同側の白内障が認められ、8年後には痙攣発作が出現し、やはり同側の舌萎縮が認められています。嚥下障害はなく、深部腱反射も亢進はしていません。Masseterや舌では筋電図でneuropathicな変化がありましたが、四肢にactive neuronal cell damageを示唆する所見はなかったそうです。
  9. 網膜色素変性症を伴ったパーキンソニスム剖検例というのが報告されています(神経眼科, 1999; 16:297-302)。家系内に常染色体生劣性遺伝の網膜色素変性症があり、死亡時75歳男性のこの患者さんは40歳以降は盲目。垂直性注視麻痺、項部ジストニア、抗パ剤無効のパーキンソニスムを呈し、病理学的にはdiffuse Lewy body diseaseであったという剖検例が愛知医大第4内科から報告されています。
  10. 「石器時代は石が無くなったから終わったのではない。」ヤマニ・サウジ元石油相(現在は世界エネルギー研究センター所長)ドキッとしました。  

    「近い将来、転換は必ず来る。……原油はまだまだ地下に眠っているし、コストをかけて新技術を使えば採掘できる。だが、時代は技術で変わる。石器時代は石が無くなったから終わったのではない。(青銅器や鉄など)石器に代わる新しい技術が生まれたから終わった。石油も同じだ」 (i-nsider 499号より) 彼は、水素が21世紀のエネルギーだ、と予言しています。きれいなようですが、なんかおっかないなあ。水素タンクの近くには住みたくはありません。
  11. Sporadic and acquired ataxias
    (1). Degenerative
     MSA
     Idiopathic late-onset cerebellar ataxia (ILOCA)
    (2). Acquired
     a. stroke
     b. toxic induced ethanol drugs (antiepileptic, lithium, antineoplastics, cyclosporine, metronidazole) heavy metals solvents
     c. immune-mediated
     d. infectious/parainfectious disease (abscess, cerebellitis)
     e. traumatic
     f. neoplastic
     g. endocrine (hypothyroidism)
     h. structural disease (Chiari malformations, agenesis, hypoplasia, dysplasia)
    (Curr Opin Neurol 2009; 22: 419-29)
  12. thunderclap headacheをきたす疾患
    くも膜下出血
    未破裂血管奇形 (動脈瘤)
    動脈解離 (頭蓋内、頭蓋外)
    脳静脈血栓症
    中枢神経系血管炎
    急激な血圧上昇
    下垂体卒中
    緑内障
    第三脳室コロイドのう胞
    急性副鼻腔炎
    髄液漏 (髄液量減少症)
    気圧障害
    一次性雷鳴頭痛
    そのほかの一次性雷鳴頭痛 (咳嗽性、労作性、性行為時)
    片頭痛、群発頭痛、急性緊張性頭痛、大後頭神経痛
    (福武敏夫、レジデントノート 2009;11: 675-82)
  13. 各種検査と胎児の被曝線量  
    National Council on Radiation Protection (NCRP)では50 mGy (5 rad)以下なら安全としているそうですが、小児白血病の発症率は10-20 mGyでは1万人当たり5人になるそうです(被爆しない場合は3.6人)。国際放射線防護委員会(ICRP)は、胎児の週齢によって胎児に流産や形態異常、精神発達遅延といった症状を呈する、胎児の急性被爆による閾線量を100 mGyに設定していて、安全域としてその1/10の10 mGyを設定することが多いようです。  

    各種検査の被曝線量から、10 mGyに達するまでの検査回数を割り出してみますと、単純X線撮影では頭部で250回、頸椎で500回、胸部ではなんと14000回、腹部はちょっと危険でわずか4回、骨盤でも25回、胃透視では170回、注腸はさすがにリスクが高くて1回、10 mm sliceのCT scanでは頭部は20回以上、胸部で10回以上、腹部や骨盤では1回。ただし、いくら計算上は安全のはずでも一定の確率で奇形児は生まれますので、安全だとは断定しにくいでしょう。
    (林 寛之、 レジデントノート 2009;11: 769-74)
  14. 2008年の血管系を除く神経病学の進歩について、東大医局がまとめています。  

    アルツハイマー病のモデルマウスの脳内の同一部位を24時間毎に観察できる顕微鏡下イメージングで検索しますと、小さいAβ斑が少しずつ大きくなるのではなく、何もなかった場所に一夜にして出現し、その後は大きさを変えないことが判明。秀吉の一夜城ですね。その後の1-2日以内にミクログリアが誘導され、更に数日から数週間後に周辺の神経突起の形態が変化するという時間経過が判りました。  

    βシート構造に選択的に結合するチオフラビンTの誘導体を用いたPETにより、ヒト脳内の老人斑の蓄積程度を定量的に評価できるようになって、さまざまな疾患で臨床応用されるようになっています。DLBではADとほぼ同程度にアミロイドが蓄積されますが、痴呆を伴うパーキンソン病ではPDと変わらなかったので、Aβ蓄積はDLBとは関連しているものの、PDDにはあまり関与していないことが示唆されました。  

    遺伝性パーキンソン病が以前から報告されていますが、α-シヌクレイン遺伝子の重複が一見弧発例と思われる患者でも認められその遺伝子多型がPD発症のリスクと関連することが判明。また、α-シヌクレインの異常蓄積は、心交感神経では細胞死に先行して神経終末に出現するそうな。家族性PDの原因遺伝子LRRK2の異常が一つの遺伝子型(G2019S)のみで家族歴を有さないPD例の1%を占めるそうです。  

    メタボロミクスの手法を用いて、末梢血の検査でPDと健常者とを区別できるそうです。  

    胎児中脳細胞移植療法を受けた後、長期経過した患者脳では移植片にレビー小体あるいはこれに関連した病理構造が認められ、環境が病的なのでしょうか?  

    喫煙がALS発症の独立した危険因子であるという報告がありました。  

    ALSに対する臨床試験として、オートファジー賦活目的のリチウムとリルゾールの併用療法により、15ヶ月の観察期間中の死亡例がなく、進行が遅くなりましたが、対照群では30%が死亡。
  15. PSPは遺伝が背景?という論文がNeurology電子版に掲載されたことがNeurology Todayで紹介されました(2009;9(14):3)。オランダのRotterdam地域での検討で、Controlでは25%だったが、PSPでは33%で第1親等にパーキンソニスムや痴呆を呈する患者さんがいらっしゃることが判りました。表にすると、多分こうなるようです。

     疾患 家族歴あり 家族歴なし
    PSP 57 115
    Control 45 474
    P<0.001  
    12家系で常染色体優性遺伝形式が疑われました。1例でのみsingle MAPT mutation (P301L)が認められているそうです。
  16. 感染症予防法での対応 伝染性予防法が「感染症予防法」に切り替わって、1999年に施行されて10年経過しました。意外に対応が判りませんね。
     
    1類感染症 2類 3類 4類 5類 新型インフルエンザなど
    疾患名 エボラ出血熱、
    ペストなど
    結核、
    SARS、
    鳥インフルエンザ(H5N1)など
    コレラ、
    腸管出血性大腸菌感染症
    狂犬病、
    マラリア、
    日本脳炎など
    エイズ、
    手足口病、
    風疹、
    通常のインフルエンザなど

    疾患数 7疾患 5 5 41 41
    隔離 × × × ×
    停留 × × × ×
    入院勧告・措置 × × ×
    就業制限 × ×
    遺体の移動制限 × ×
    医師の届け出
    (京都新聞, 2009年7月20日付け朝刊より)  
    以前、「小針浜通信」時代にも書きましたが、結核はこの表からも明らかなように、たとえ排菌患者でも隔離はできません。結核病棟は精神病院の閉鎖病棟のように施錠されてはいません。以前勤務していた病院には結核病棟がありましたが、入り口は自動ドアでした。それゆえ、自由に「自主退院」することが可能です。もっとも、結核患者を入院させて治療しているのは先進国では日本くらい。多剤耐性は別ですけどね。次第に外来治療へ移行してゆくようです。