2009年9月号 NO.1

  1. 視神経炎後にMSになるリスク
  2. 小児MS患者で血清中biomarker ?
  3. Oligoclonal IgG bandsはCISで発症したMS診断の特異性向上に有効
  4. CIS患者の空間的多層性への新しいMRI基準
  5. Radiologically isolated syndromeの定義
  6. Radiologically isolated syndromeのその後
  7. 第8回MSワークショップ
  8. 1型糖尿病 
  9. 第二回多発性硬化症Peer to Peer Meeting
  10. 彦星と織姫は恋人同士
  11. VLA4に対するantisenseの治療効果
  12. 母乳100%で乳児を育てるとMSの再発は抑制される
  13. 祝!直木賞受賞
  14. 「女か虎か」 
  15. Immune-mediated cerebellar ataxia
  16. Rasmussen encephalitisにRituximabが有効
  17. Rasmussen encephalitisの特徴
  18. Transcellular migration
  19. GBSへのIVIg療法有効性の指標
  20. PBCの新規マーカーによる予後予測
  1. 視神経炎後にMSになるリスク 
    視神経炎後にMSに進展するリスクは報告によりさまざまですが、ある最近の報告では15年間で50%。初診時に脳MRIで病変が認められた場合は72%で、病変が認められなかった場合の25%より高いリスクがあることが判明(Arch Neurol 2008;65:913)。

  2. 小児MS患者で血清中biomarker ?
    New Yorkのグループは9/12RRMS例で特異蛋白を発見したそうです(Neurology Today 2009;9(14):16)。

  3. Oligoclonal IgG bandsはCISで発症したMS診断の特異性向上に有効という報告が出ています(Mult Scler 2009;15:472-8)。3ヶ月以内にCISを発症し、未治療で少なくとも1年以上経過観察し得た125例を対象に検討。脱落例を除いた118例のうち、Barkhofの基準に合致した70例のうち、MSを否定された患者が12例います。CADASIL4例、片頭痛2例、NMO、Leber、ADEM、Mitochondriaql encepahlopathy各1例づつなど。MSではなかった患者群の43%でBarkhofの基準に合致。しかし、これらの患者さんでOCB陽性の方はいませんでした。  

    Barkhofの基準に合致した70例のうち、OCB陽性患者が46例あり、CDMSに進展したのが30例。OCB陰性患者24例のうちCDMSへは21%しか進展していませんでした。  

    また、Barkhofの基準に合致したにもかかわらず、MSに進展しなかった患者が少なくなかったにもかかわらず、OCB陽性を条件に、T2病変が少なくとも2つ以上という緩い条件でもCIS群で63%(この群でBarkhofの基準を満足するのが64%)、non-MS群0%で、OCBの重要性が判明。
  4. CIS患者の空間的多層性への新しいMRI基準がBarkhof/Tintoreグループから出ています(Eur Radiol 2009 in press)。CIS発症3ヶ月以内の349例のMRIを検討。平均4.9年(1から10年)経過観察。この期間で、median 14ヶ月で132例 (37.8%)がCDMSに進展。進展群ではT2病変数がmedianで11個もあって、非進展群の1個と対照的。CDMSへの進展には、3つ以上のdeep white matter lesionsと2つ以上の脳室周囲病変が良いようです。

  5. Radiologically isolated syndromeの定義
    1). 以下の定義による脳MRIでの白質病変の存在     
    ・境界明瞭でhomogenousなovoid病変で、脳梁を含むこともあり得る     
    ・直径3 mm以上のT2高信号病変で空間的多層性としてはBarkhofの診断基準の少なくとも4項目のうちの3つ以上を満足     
    ・白質病変は血管病変では説明できないこと
    2). 消失した神経学的所見を伴った神経症状を説明する既往歴がないこと
    3). 臨床的に認められる障害を説明しうるMRI所見ではないこと
    4). MRI所見が薬物や毒物暴露、医療行為に基づく所見に合致しないこと
    5). Leukoaraiosisや脳梁病変を伴わない白質病変を示唆するMRIではないこと
    6). 他の疾患で説明しうるMRI所見ではないこと
    (Neurology 2009;72;800-5)

  6. Radiologically isolated syndromeのその後 
    症状を伴わず、脳MRIに所見だけを認められる状態を言いますが、70例 (女性53例、男性17例)の最初の脳MRIから平均2.3年(0.8から5.0年)経過を観察して、23例 (33%)が発症。視神経炎が6例、脊髄炎6例、脳幹症状5例、sensitive symptoms4例。これらはCISということになります。
    (Arch Neurol 2009;66:841-6)

  7. 第8回MSワークショップが2009年8月1-2日に福岡で吉良教授の主催で開催されました。今回、特に採り上げられたテーマは「日本の治験の問題点」で、東京医科歯科大出身で、一時、国立犀潟病院にいらっしゃった池田正行・長崎大学医学部創薬科学教授を招き、「ドラッグラグがなぜ起きるのか」をテーマに、問題点が指摘されました。マッシーという名でネットの世界で名が売れている神経内科医であることは以前から知っていましたが、神経内科医には珍しいアジテーター。厚労省は頑張っている。業務の速度を上げるにはヒトが必要。神経内科の薬剤や機器を円滑に承認させたり、行政の情報を末端に知らしめるには神経内科医が医薬品医療機器総合機構(PMDA)( http://www.pmda.go.jp/)に交代で常時勤務しているべきだ、と。企業の速度が遅いことも強調。広島市民病院に7月から赴任された郡山先生の医師主導型臨床試験の大変さを紹介されました。

    今回行われた新たな試みは、参加者が9つのグループに分かれて前もって分担された新しい薬剤について調べ、日本に導入した際の”pros and cons”をスライドで発表。筆者はNatalizumabのPMLについて調べ、北大の新野先生がNatalizumabについてまとめて発表されました。齋田先生は、数日前にnatalizumab単剤投与で11例目のPML発症例があったというメールを受け取った、と最新の情報を提供。意外に死亡例が少ないことも本剤の有害事象であるPMLの特徴。理由は不明です。1年以上の投与で発症しますから、大雑把にPMLは1/2500例ほどの頻度で発症していることになります。投与後にMS特有のfatigueが減少するという不思議な効果が指摘されています。また、多くのモノクローナル抗体がIgG1なのに、なぜか本剤はIgG4で、補体結合性ではないため細胞が傷害されず、中止で回復可能であることが本剤の特徴であることが座長の藤原先生から指摘されました。
  8. 1型糖尿病はSardinia島でのMS患者さんに多く認められますが、再発寛解型経過をとると理解する研究者もいます(Nat Rev Immunol 2007;7:988-94)。
  9. 第二回多発性硬化症Peer to Peer Meetingが2009年7月25日に、東北大の糸山教授をお迎えして京都市ホテルフジタで開催されました。

    糸山教授のご講演の中から・・・  
    日本人MS患者(現在のNMOかもしれませんが)の脊髄病変には末梢ミエリン構成タンパクであるP0が見いだされるという報告を以前されていらっしゃいますが(Acta Neuropathol 1985; 65: 217-23)、あらためて今日的な意義を考えさせられます。

    東北大・高橋先生は全国から抗AQP4抗体の測定依頼を受けていますが、昨年までに303例の抗体陽性例があったそうで、LCLが認められたのは204/228例で、OCBは28/184例で陽性。抗体価は8倍から100万倍。  

    NMO急性期ではCSFでGFAPが増加しますが、再発の診断に利用できる、と。NMOだけではありませんが、再発なのか、症状の変動なのか、psychogenicなのか、迷うことが少なくありません。MRIで造影病変がなくても再発を否定できませんので、再発を診断できる指標があると大変助かりますね。ただ、現時点で外注検査を受け付けている検査業者はありませんし、東北大学も受けてはいないようです。

    NMOでは古典型と異なり、中枢神経内で抗体は産生されていませんが(以前から意外な感じもしていますが、なぜ、NMOではB細胞が中枢神経内に入っていかないのでしょうか?何か理由があるんでしょうか?)、血清中の抗体価が500倍を超えるとCSFでも抗体がわずかに認められるそうです。ま、BBBは完全ではありませんからね。

    平成20年度に東北大学でMSの特定疾患の申請書を書いたのが約150枚だそうですが、50%が古典型、25%がNMO、残りの25%がatypicalだそうです。NMOの割合が少ないのが意外です。NMOは診断しやすいので、残りを古典型としか言いようがない現状を考えますと、当院はNMOだけでおそらく4割近いはずです。やはり北は古典型が多いのでしょうか?山口県はNMOばっかりだというお話をお聞きしたことがありますが、感覚的には京都も同じでNMOがやけに目立ちます。

    再発時に血漿交換(東北大学ではアルブミン液を置換液としていますので、週2回の頻度)をしますと、再発時から施行時までの時間は有効例(11例:61.1%)で19日(3-30日)で、無効例(7例:38.9%)では28日(19-51日)だったそうな。素早く施行すれば全例で有効かどうかは判りませんが、少なくとも長時間、パルスで引っ張るべきではないでしょう。

    3000例を超す測定依頼の結果から、抗体陽性の場合はNMOと考えており、抗体のキャリアはないと考えていらっしゃるそうです。

  10. 彦星と織姫は恋人同士だと思っていましたが、違うんですね。そもそもは中国の七夕伝説が日本へ伝わったもの。化粧ひとつせず機織りばかりしている娘の織姫を不憫に思った父親の天帝は、牛飼いをしていた彦星と結婚させますが、二人は遊んでばかりいて仕事をしなくなってしまいます。怒った天帝は1年に1度だけ会うことを認めます。恋人同士だと思っていましたが、夫婦だったんですね。しかも、彦星は単身赴任でもなく、天の川を超えて会いに行くのは、織姫。雨が降って天の川が氾濫して川を渡れなくなると、どこからともなくカササギの群れが飛んできて、翼と翼を広げて橋となって、織姫が渡るのを助けてくれるそうです(http://www.yumis.net/tanabata/より)。カルピスだったかの調査によりますと、日本人の9割が恋人同士だと思っているそうです。(TBS系列「朝ズバ!」2009年7月7日放映)筆者もそう思ってました。

  11. VLA4に対するantisenseの治療効果が報告されています(Neurology Today, 2009; 9(13): 6-7)。77例のRRMS患者に週2回、ATL1102を8週間皮下投与しました。12週後、brain MRIでnew active lesionsはplacebo群が6.2だったのに対して、治療群では3.0 (p=0.01)。造影病変数の相違も有意な差(p=0.002)。しかし、再発率や残念なことにEDSSには差はありませんでした。3例で薬剤中止で回復した一過性の血小板数減少が認められています。モノクローナル抗体の有用性はすでに証明され、効き過ぎるためか、PMLがすでに10例以上Natalizumab単独投与でも認められていますが、antisenseの長所はモノクローナル抗体のように抗体が産生されて治療効果の減弱がないこと。余り効かない方がいいような気もしますが・・・

  12. 母乳100%で乳児を育てるとMSの再発は抑制されるという報告がArch Neurolに掲載されるというニュースがNature Rev Neurol 2009;5:410に掲載されました。健康人女性で母乳100%で育てると、lactational amenorrheaになり、免疫学的な影響があるそうで、妊娠したMS患者さん32名を対象に米国とカナダで調査されました。母乳で育てなかった女性の87%で出産後2ヶ月間に再発が認められ、母乳群では再発が36%抑制されたそうです。この効果は大きいですね。

  13. 祝!直木賞受賞 
    前号で北村 薫さんの新作をご紹介しましたが、もっと北村さんらしいシリーズがあります。当初は覆面だったため、若い女性作家と誤解されたデビュー作「空飛ぶ馬」を始めとする、日常生活のちょっとした謎を解くミステリー連作、「夜の蝉」「秋の花」「六の宮の姫君」「朝霧」は凄いです。落語家・春桜亭円紫師匠が登場する女子大生「私」を主人公とする成長物語でもあります。作家の知性って凄い。渋澤龍彦を連想させると前号で述べましたが、これらのシリーズは理系人間にはちょっと歯がたたない感じ。「六の宮の姫君」は芥川龍之介論でもあります。「朝霧」創元社文庫版の解説には渋澤だけでなく、個人的には嬉しいことに埴谷雄高や中井英夫と並ぶ作家として、北村さんの知性を紹介しています。「朝霧」のなかに「女か虎か」という起承転結の結論が記されていない小説が紹介されています。読者が答えを考える、という趣向。さて・・・
  14. 「女か虎か」 
    ある青年が王女と恋に落ちますが、この国では御法度。青年は裁きの場に引き出されます。二つの扉が用意されていて、扉の向こう側の片方には虎が、もう一方には美女がいます。虎が出てきたら食い殺されてしまいます。美女に当たったら、その美女と結婚しなければなりません。王女はその美女が青年に思いを抱いていることを知っています。その上、王女はそれぞれの扉の向こう側を知っています。そのことを知っている青年は、それとなく教えて欲しいと王女を見ます。さて王女の判断は・・・どのような可能性があるでしょうか?
    1). 王女を見た青年の態度に嫌気がさした王女は、そっぽを向いてしまいます。青年は50%の確率にかけるしかありません。美女が当たった場合、選択肢はいくつかありますが、一度美女と結婚してしまった青年を王女は決して許さないでしょう。どちらも失う可能性があります。王女の許しを請い、青年はあきらめて美女で我慢するか・・・一度は結婚するけれども、美女からも逃げ、この国から脱出するか。
    2). 王女を見た青年の態度に嫌気がさした王女は、虎の扉を見ます。青年は虎のいる扉を開けてしまいます。
    3). 王女はそれでも青年を受け入れ、美女のいる扉を見ます。青年は王女の怒りに気づき、反対の虎の扉を開けてしまいます。
    などなど・・・あなたなら?  
  15. Immune-mediated cerebellar ataxia
    MS
    Cerebellar ataxia with anti-glutamic acid decarboxylase (GAD) antibodies
    Gluten ataxia
    Miller-Fisher syndrome
    SLE
    Sjogren syndrome
    Cogan syndrome
    Thyroiditis
    Paraneoplastic cerebellar degeneration
    (Curr Opin Neurol 2009; 22: 419-29)

  16. Rasmussen encephalitisにRituximabが有効という症例報告が出ています(Nat Rev Neurol 2009;5:458-62)。7年前に脳生検で組織診断されている20歳女性に、375 mg/m2を週に1回を連続4回投与するという筆者らがMSで行っている投与法と同じもの。MSと同じように、本症もCTLの関与が想定されており(J Immunol 1997;158:1428-37; Brain 2009;132:1236-46)、T細胞機能を抑制したものと考えられます。現在、phase Iが計画中だそうです。早期投与により、大脳半球萎縮の予防が期待されます。

  17. Rasmussen encephalitisの特徴
    臨床像  
     focal motor seizuresやepilepsia partialis continuaなどのFocal-onset seizures  
     片麻痺などの神経症状
    MRI  
     Unilateral cortical swelling on T2 and FLAIR imaging (early)  
     Hemiatrophy (later stage)
    脳波  
     Unilateral slowing  
     Epileptiform activity
    組織像  
     T-cell-diminated inflammation  
     Astrocytic and microglial activation, microglial nodules  
     Neuronal cell loss, astrocytic cell loss
    (Nat Rev Neurol 2009;5:458-62)

  18. Transcellular migration
    リンパ球が脳に入る際に血管内皮細胞で構成されるBBBを超えますが、このとき、ECの細胞体を通り抜ける説が有力です。以前、電顕の連続写真を学会で見たことがあるのですが、論文を知りませんでした。山口大・神田先生から教えて頂きました。 (J Neuropathol Exp Neurol 1999;58:138-52)。

    ただし、この論文には、tight junctionを通り抜ける、paracellular migrationもあるといって、そちらの写真も掲載しています。  

    reviewではEngelhardtの論文(J neural transm 2006;113:477-85)を順天堂大学の横山先生が図を引用していますが(内科, 2007;99:354-8)、Engelhardtも両方の説を紹介していて、決着が付いていないように記載しています。両方あるのかもしれませんね。
  19. GBSへのIVIg療法有効性の指標 
    投与7日目のGBS患者末梢血中のHLA-DRhigh/CD138low/CXCR4lowを発現した未熟な形質細胞が誘導され、この細胞が多いほどGBSの臨床症状改善が望める、という報告があります(PLoSONE 2008;3:e2109)。
  20. PBCの新規マーカーによる予後予測 
    PBCは慢性筋炎と合併して一つの疾患概念を形成している可能性を新潟から報告した (Tanaka K, Sato A, Kasuga K, Kanazawa M, Yanagawa K, Umeda M, Tada M, Tanaka M, Nishizawa M. Chronic myositis with cardiomyopathy and respiratory failure associated with mild form of organ-specific autoimmune diseases. Clin Rheumatol. 2007 Nov;26(11):1917-9.)ことがありますが、PBCの長期予後(黄疸を呈し、肝不全へ進行する肝不全型の強い危険因子)の診断には、核膜孔蛋白 (gp210抗原)に対する自己抗体 (抗gp210抗体)の測定が有用なこと、抗セントロメア抗体が黄疸は呈さないけれども、門脈圧亢進症へ進展するタイプ(門脈圧亢進症型)の危険因子であることが知られているそうです(医療 2009;63:357-62)。