7.多発性硬化症での疾患活動性とは何か?

神経内科, 68:515, 2008.  

再発寛解を反復する多発性硬化症(RRMS)の病態は再発として急性増悪を呈する炎症性病変の形成と、軸索変性と脳萎縮を呈する変性の過程とに分かれています1)が、後者に対する治療は現実的治療法としては当分臨床の現場に登場する気配はありません。インターフェロンβ治療などにより炎症(再発)を抑制することで後者の病変を抑制できる1)-4)ことから、両者は完全には独立した病態ではないと考えられています。しかし、これら二つの病態が絡んでいることから、MSの病態は複雑です。 臨床の現場では、再発時のステロイドパルスをいつまで反復するかは、症状の改善の程度やMRIの造影病変の有無(炎症性病変の継続性)を根拠に、増悪時から1ヶ月程度をめどに考慮しているのが現状で、再発時の疾患活動性を確実に血液や脊髄液検査で評価できる方法の研究はされてはいますが、個別の患者で再発を定義でき、ベットサイドで利用できるような方法は確立してはいません。
通常、疾患活動性は急性増悪を起こすもとになっていると理解されていますが、それだけではないと思うのです。

宝永噴火後300年間噴火のなかった、富士山の地下で2000年10月、地震が発生し、改めて休火山であったことを世に知らしめました。現在、1992年に国土庁が作製した噴火災害危険区域予測地図、ハザードマップをもとに富士山周辺の自治体では対策が立てられているようです5)

欧米のRRMSの7割は変性を基礎と考えられている二次進行性(SPMS)に移行すると言われています6)。この場合は、通常の神経変性疾患のような状態になっているのかもしれません。再発が全くなくなってしまっては、現状では治療法の選択さえないのですが、炎症性病変が反復している場合、次のような問題が出てきます。

MSでは、何年再発がなかったらもう安全という期間はありません。1562例のRRMS患者のうち、3%が2回目のエピソードが発症20年後まで出現しなかったという報告があります7)。インターフェロンβ治療が登場して20年近くがたち、FTY720やタクリツマブなどさまざまなモノクローナル抗体が臨床の場に登場しつつありますが、再発しなくなったらいつ治療を中止しても良いのか、指標はありません。RRMSの典型的な臨床経過は、発病当初は再発を反復しつつ、次第に間隔が開いてゆき、再発しなくなってゆく特徴があります。火山にたとえるならば、頻回に噴火をしていた活火山から次第に休火山へ移行してゆくとも言えます。ただ、休火山が死火山になったかどうかを判断する指標がありません。再発を起こしうる免疫異常は持続しているはずで、患者さんが休火山であって決して死火山ではないことを示す指標はあるのではないかと思うのです。

再発に連動して起こる免疫学的な指標ばかりが研究されていますが、MSの病態に基本的に流れている、休火山の象徴とも言える膨張してゆくマグマだまりの存在に相当するような、変調した免疫学的な背景が何であるのか、と問いつめる研究が必要なように思われます。噴火に伴う指標だけではなく(症状だけを見た場合、本当に再発かどうか判断に苦しむ場合が少なくありませんから、本当に噴火したと言えるのかどうかを判断する指標の開発ももちろん必要ですが)、マグマだまりが膨張しつつあるのかどうかを推測できるような指標が必要と思われるのです。それが本来の疾患活動性ではないか、と考えております。

TregやNKT細胞などの調節細胞の研究8)~10) がこれにつながる可能性はあるかもしれません。MSの経過は多様なので、臨床計画としては立てにくいとは思いますが(SPMSではない、RRMSの同じ患者さんの経過を年単位で追うとか)、今後、必要なのではないかと思います。

文 献

  1. Rieckmann P. Neurodegeneration and clinical relevance for early treatment in multiple sclerosis. Int MS J 2005 ; 12 : 42-51.
  2. Zivadinov R, Rudick RA, De Masi R, et al. Effects of IV methylprednisolone on brain atrophy in relapsing-remitting MS. Neurology 2001 ; 57 : 1239-47.
  3. Narayanan S, De Stefano N, Francis GS, et al. Axonal metabolic recovery in multiple sclerosis patients treated with interferon beta-1b. J Neurol 2001 ; 248:979-86.
  4. Zivadinov R, Locatelli L, Cookfair D, et al. Interferon beta-1a slows progression of brain atrophy in relapsing-remitting multiple sclerosis predominantly by reducing gray matter atrophy. Mult Scler 2007 ; 13: 490-501.
  5. 鎌田浩毅:ブルーバックスシリーズ 富士山噴火. 東京 : 講談社 ; 2007
  6. Weinshnker BG, Bass B, Rice GP, et al. The natural history of multiple sclerosis: a geographically based study. I. Clinical course and disability. Brain 1989 ; 112 : 133-46, 1989.
  7. Confavreux C, Vukusic S, Adeleine P. Early clinical predictors and progression of irreversible disability in multiple sclerosis: an amnesic process. Brain 2003 ; 126 : 770-82.
  8. McFarland HF, Martin R. Multiple sclerosis: a complicated picture of autoimmunity. Nat Immunol 2007 ; 8 : 913-9.
  9. Yamamura T, Sakuishi K, Ille Z, et al. Understanding the behavior of invariant NKT cells in autoimmune diseases. J Neuroimmunol 2007 ; 191 :8-15.
  10. Astier A, Hafler DA. Abnormal Tr1 differentiation in multiple sclerosis.J Neuroimmunol 2007 ; 191 : 70-8