36.視神経脊髄炎(NMO)治療の最前線-2013年の私の「ガイドライン」-

田中正美 特定非営利活動法人MSキャビンの機関誌、「バナナチップス 2013年, 89号, 18-22号,頁」に掲載されました。

視神経脊髄炎(Neuromyelitis optica: NMO)の診断と治療は年々進歩していて、私自身の医療内容も毎年少しずつ進化し続けています。2013年の時点でのNMOの治療について概説したいと存じます。  

治療をするにはまず診断をしなければなりません。視神経と脊髄を傷害する内科疾患がありますから、まず既知の原因がないかどうかを調べる必要があります。多発性硬化症が疑われた場合、多発性硬化症(Multiple sclerosis; MS)なのかNMOなのかを鑑別する必要があります。多くの場合、難しいことではないのですが、時にどちらなのか判断に迷うこともあります。これがあったらMSという検査法がないことが両者の鑑別を難しくしている理由でもあります。脳MRIは参考にはなりますが、MSに典型的な所見を呈していても抗アクアポリン(AQP)4抗体が陽性のことがあります。私自身が2つの疾患を鑑別する際のポイントと考えていることは、
1). 血中の抗AQP4抗体が陽性であることが、特に病初期に診断する上では重要です。ただ、測定法に気をつける必要があります。
2). 脊髄MRIで脊髄中央に存在する3椎体以上に連続する病変の存在。この所見は消えることがありますから、症状の極期(一番ひどかった時)で撮影されたMRIである必要があります。2椎体しかなかったら違うと、安易に考えることは危険で、私自身の経験から、脊髄中央部分に存在していたら3椎体以下であってもNMOを疑うべきだと思います。
3). 難治性のしゃっくりなど、NMOに特徴的な症状や検査所見があった場合は、たとえ上記1)や2)がなくてもNMOを強く疑い、治療を始めます。重篤な再発が怖いからです。この点が時間の余裕のあるMSと根本的に異なる点です。  
鑑別診断の要点は、NMOと診断できるかどうかで、MSは基本的には除外診断です。再発時の治療はMSもNMOも同じですが、ステロイドなどで再発予防をしていない場合、NMOでは1回の再発で失明や歩行不能に陥ることがありますし、ステロイドパルスの効果が乏しいことが普通です。重篤な場合はプラスマフェレーシス(血漿浄化療法)を早めに行うべきです。すでに再発予防の治療をしている場合(たとえば、ステロイドの減量中に再発するような場合)、ステロイドパルス単独でも投与中に改善が始まり、2-3週間後には再発前に戻ることは稀ではありません。  

再発予防はどんなに軽症のNMOであっても、重篤な再発を予防するために必要です。

NMOと診断されたら、全員が治療の対象となります。治療の基本はステロイドの内服です。軽症であれば、ステロイド単独でも副作用(治験では有害事象と言っていますが、ここでは古典的にこう呼びます)を生じない量まで減量することは可能です。重症筋無力症(リンパ球が病気を引き起こす代表的な神経疾患)のように、ステロイドを隔日に投与してもNMOで再発を予防できるかどうか、現在は確実な証拠はないように思います。私自身は経験がありません。ただ、炎症を主体とする疾患ですから、皮膚筋炎や全身性エリテマトーデスなどの膠原病のように、隔日ではなく連日投与した方が炎症性病変の活動性を抑えられると考えています。  

ただ、年単位で投与した場合、白内障を必発しますし、頻回に再発していてパルス治療の機会が多くステロイドの総投与量が多かったり、対麻痺で歩行不能により下肢に重力がかかる機会が少ないと、大腿骨の骨塩が減少しやすい(骨粗鬆症)などの副作用が生じます。ステロイドを20mg以下に減量すると再発するという患者さんもいらっしゃいます。ステロイドは内服するとすぐに効果を発揮しますから治療の導入には良いのですが、ある一定の期間、継続治療するには副作用が問題です。  

ここで登場するのが免疫抑制剤です。これらはいずれも概ね効果を発揮するまでに3ヶ月ほどかかりますから、免疫抑制剤単独で治療を開始しても、治療開始時から効果を期待することはできません。ステロイドと入れ替える目的で使用しますから、早期から併用すれば、ステロイドを1年以上継続する必要はありません。免疫抑制剤にはイムラン_やアザニン_、プログラフ_などがあります。私自身はプログラフ_を使用することが多いです。前2者は同じ薬剤(一般名: アザチオプリン)で、肝機能障害や白血球数減少などの副作用頻度が比較的多いことと用量の調整が事実上できず、100mg/日 (欧米では2-3mg/kgと言われていますが、日本人で3錠、150mg投与することは少ないと思います)を投与するか否かという判断しかできないことが欠点と言えましょう。プログラフ_では1-5mg投与しますが、血中濃度をみながら用量を変え、通常は夕食1時間以上前に内服しますが、血中濃度が上がりすぎる場合は吸収を意図的に抑える目的で夕食後に内服することもあります。用量の調整が難しい反面、調整可能である点が逆に便利とも言えます。  
上記でも再発する場合はどうしたら良いでしょうか?以前、私は再発を頻回に起こす、活動性の強い患者さんにノバントロン_やリツキサン_を治療に使用したことがあります。前者は抗腫瘍剤で、免疫反応に関与するリンパ球などの白血球を殺します。後者の作用は少し特殊で、Bリンパ球のうち、CD20という蛋白を表面に発現している細胞を消滅させるモノクローナル抗体ですが、抗体を産生する形質細胞には影響しません。NMOでは効かない患者さんもいらっしゃいますが、本剤の作用が間接的なためかもしれません。Bリンパ球は強力なTリンパ球刺激作用がありますので、Tリンパ球を活性化させないようにすることで効果を発揮すると考えられています。いすれも効果はある程度はあるのですが、効果を発揮するまでに時間がかかる上、ノバントロン_は心不全や白血病発症のリスクがあり、注射を反復していきますと薬剤が体内に蓄積されて白血球の回復が次第に悪くなるので、反復するたびに少しずつ減量する必要があります。患者さんによって回復の程度や速度が違いますから、白血球の減少する程度も考えて次回の投与量を設定しないといけないので、ある程度の慣れが必要です。リツキサン_はマウスの蛋白が入っているため注射の際にアレルギー反応が7%に起きるとされ*、MSで治療した際の観察では25%に中和抗体が出現しますから長期間反復投与しますと効かなくなる可能性がありますし、進行性多巣性白質脳症(PML)のリスクもあります。欧米ではより進化したタイプ(オクレリツマブ)を用いたMSへの治験が始まっています。私自身は両者の薬剤を新たに導入することをもう何年も行ってはいません。免疫抑制剤をうまく使用することで、概ね治療は可能です。  

それでも再発をコントロールできない場合どうしたら良いでしょうか?今後の課題なのですが、精神神経センターで治験が進められているトシリツマブ(インターロイキン6の受容体に対するモノクローナル抗体)と米国・メイヨークリニックで始めたエクリツマブ(補体に対するモノクローナル抗体)があります。他の治療ではコントロール困難な患者さんに対して、いずれも投与直後から再発をほとんど抑えます。前者はリツキサン_治療中でありながらばんばん再発している患者さんでも、効果があることが示されていますし、疼痛にも効果があることが示されています。後者では血中の補体がほぼ消失して髄膜炎菌による髄膜炎を起こしますので、予め髄膜炎菌に対するワクチン接種が必要です。まだ、両者とも少数例での知見しかなく、今後の発展が期待されます。  

強力な治療法が良いわけではなく、株と同じく、残念ながらハイリターンを期待する治療ではハイリスクを覚悟する必要があるのが現状です。期待される効果と副作用とをにらんで、治療法の選択が必要です。

* かつて、米国のボストンにある超有名大学、ハーバード大学でリンパ球検査の試薬をMS患者さんに実験的治療として投与していたことがあります。この試薬はマウスで作製されたので100%マウスの免疫グロブリンで、ヘルパー型Tリンパ球の表面に発現しているCD4という蛋白に対して人工的に作製したものです。おっそろしい治療法で、注射した直後にアナフィラキシーショックを起こしてもおかしくはないように思っていました。たまたま米国NIH(国立衛生研究所)にいた時、レジデントとしてこの治療を行っていた神経内科医が同じ実験室にいましたので、聞いたことがあります。「たいしたことないよ。何も起きなかったよー」不思議です。意外に人間の体は丈夫みたいですけれど・・・もはやこんな時代ではありません。  

上記で紹介した薬剤の多くが医療保険上は適応外です。副作用の強い薬剤によっては病院内の倫理委員会の承認が必要だったり、自費扱いになる場合もあります。  

医療ドラマの最後に、こんな言い訳が最近の日本のテレビドラマでも登場するようになりました。「個人の症状により(治療の)適用が異なります」とか、「番組内での発言は個人的な見解です」原則はあっても、個別の事情により治療の選択は異なってくることは稀ではありません。治療方針は主治医の先生とご相談ください。