33.日本人clinically isolated syndrome患者の脳MRI所見
  Brain MRI findings in Japanese patients with clinically isolated syndrome

田中正美1)*、本山りえ1),田原将行1),田中恵子2)
1) NHO 宇多野病院多発性硬化症センター
2) 金沢医科大学神経内科
臨床神経 2012;52:725-9に掲載されました。

要 旨

日本人clinically isolated syndrome (CIS)患者21例の脳MRI所見を、多発性硬化症(MS)患者の発病時8例と比較した。CISではBarkhof基準の4項目のいずれにも該当しなかったのが11例、1項目のみが7例、2項目が3例であった。MS患者の最初のエピソードでは、Barkhof基準のいずれにも該当しなかったのが1例、1項目が3例、2項目が3例であった。1例のMS患者が発病時に3項目以上を満足した。将来、MSに進展するか否か不明のCIS患者だけでなく、将来、MSに進展する患者でさえ日本人患者では発症時の脳MRI所見が乏しいことが示唆された。

はじめに

多発性硬化症(MS)では、最初のエピソード、clinically isolated syndrome (CIS)の時期からの早期治療が推奨されている。しかし、CISの時点では、視神経脊髄炎(NMO)やLeber病などが混入する可能性のほか、CIS発症後20年経過後も28%はCISのままという報告もあり1)、CIS時点での治療開始にあたっては如何にMSへ進展する可能性の高い患者を選択するかが課題である2)

CISを対象とし、MSへの移行の有無を治療の評価指標とした治験では、脳MRI上、
1). 脱髄病変が少なくとも1個は脳室周囲にあるか、あるいはovoid lesionがあり、直径3mm以上の2個以上のsilent lesionsが存在するか、あるいは
2). T2強調画像で直径3mm以上の2個以上のclinical silent lesionsがあり、そのうち1個以上はovoidで脳室周囲にある、またはテント下に存在するなどの条件を設定して患者が組み入れられた。しかしながら日本人患者では、CISの段階で上記のようなMSに特徴的な脳MRI所見は少ないように思われる。MS患者に対する多くの治験では、先行する1年間に1回あるいは2年間に2回以上の再発が認められるという登録条件が設定されることが多いが、これを満足する日本人MS患者でも、脳MRIで無症候性造影病変が認められるのは少なく、筆者らの施設では9/23例(39.1%)にすぎなかった。また、1回のスキャンで認められる造影病変数は0.37であった。治験では活動性の高い患者が登録される傾向があるにしても、欧米の臨床試験で認められる1回のスキャン当たりの造影病変数1.0-2.0に比して著しく低く、日本人MS患者では疾患活動性が低いことが示唆された3)

今回われわれは、当院を受診した日本人CIS患者の脳MRI所見の特徴を検討し、さらに、すでにMSと診断されている症例について、その発症時点、すなわちCIS時点での脳MRI所見を後方視的にも比較検討した。

対象と方法

2007年12月から2010年10月までに当院MSセンターを初診したCIS患者23例と2009年6月から2010年10月に初診したMSの診断基準を満たす患者(clinically definite MS: CDMS)32例である。  

CISの診断は、中枢神経の脱髄病変によると考えられる神経症状が24時間以上4)持続し、病歴上で初めての症状が極期まで14日以内の経過を示す5)ものとした。  

CDMSは2005年のMcDonald診断基準6)の第一項目(臨床経過のエピソードとして空間と時間の多発性を有する)を満たすものとし、再発寛解型MS(RRMS)を対象とした。  

患者全例について抗アクアポリン(AQP)4抗体を測定しており、陽性患者は今回の対象から除外した。抗AQP4抗体陰性であっても、NMO7)と同じ病態が強く示唆されている、NMO spectrum disorders8)は除外した。また、NMOに特徴的な3椎体以上に連続する脊髄中央部に存在する、 (centrally-located long spinal cord lesion:LCL) 9)を有する患者も除外した。

CDMS患者についてはCISと診断された時点の医療機関から脳MRIの提供を受けた。発症から3ヶ月以内に撮影された1.5T脳MRI (当院のMRIだけではないため、機種は多様である)T2強調横断画像とFLAIR矢状断画像について読影した。

脳MRI所見としては空間的多発性について、Paty 基準とBarkhof/Tintore基準を用いてMSに特徴的な病変の頻度を検討した。Paty基準とは、4ヶ所以上の大脳白質病変があるか、あるいは3ヶ所あって、うち1ヶ所は脳室周囲に存在する場合である10)。Barkhof/Tintore基準はTintoreら11)によるBarkhofの原法12)の修正版である。Barkhofの原法で採り上げられていた造影病変については、9ヶ所のT2高信号病変でも等価とされ、2001年のMcDonald診断基準13)で採用された。修正版では、以下の4項目のうち3項目以上を満足する場合をMSの空間的多発性の画像診断の基準とされた。
1). 1ヶ所以上の皮質白質境界域病変、
2). 1ヶ所以上の造影病変あるいは9ヶ所のT2高信号病変、
3). 1ヶ所以上のテント下病変、
4). 3ヶ所以上の脳室周囲病変、である。
T2高信号病変14)および造影病変15)は直径3mm以上を評価の対象とした。  

脳脊髄液のオリゴクローナルバンド(OCB)は国際的な標準的測定法である、等電点電気泳動による測定を三菱化学メディエンス(東京)で施行した16)

結 果

CIS患者のうち脊髄炎だった2例では脳MRIが撮影されていなかったため、21例を対象に検討した。責任病変は視神経が2例、脊髄が12例、小脳・脳幹が4例、脳幹・脊髄が2例、大脳・脊髄が1例であった。OCBは4/21例で陽性であった。CIS患者での脳MRI所見は(Table 1a)、9/21例でPaty基準を満足したが、Barkhof基準に全く該当しないのが11例、1項目該当が7例、2項目が3例であった。さらに5/16例で造影病変があり、1/15例でovoid lesionがあり、3/13例でDawson’s fingerが認められた。  

将来、CDMSへ進展するかどうか不明のCISだけでなく、CDMSの発症時での脳MRIを検討するために、当該期間中に受診したCDMS患者について後方視的に検討した。なお、この目的で検討可能であったのは8例のみであった。すなわち、11例は8-27年前の発症であることから、CISと思われる時点での脳MRIの入手ができなかった。また、CIS時の脳MRIが撮影されていないCDMS患者が13例あり、脊髄炎あるいは視神経炎のみが各2例ずつのほか、自然軽快したため医療機関を受診しなかった患者が6名、理由不明が3名いた。  

CISと考えられる発症時の脳MRIを検索できた8例のCDMSについては、6/8例で初発(CIS時点)症状が脳幹病変であった(Table 1a)。これら8例で、中枢神経の他の部位に症状が出現してCDMSと診断されるまでの期間は、2から38ヶ月(平均値±標準偏差値は16.0±14.4、中間値は10年であった)であった。OCBは2/5例で陽性であった。Paty基準を満足したのは意外にもわずか2例のみで、 Barkhof基準を満足したのは0項目が1例、1から4項目はそれぞれ3、3、1、0例であった。CDMSへ移行するまで2ヶ月と短かった2例では、1例でOCBが検索されていたが陰性で、2例ともPaty基準さえ満足せず、Barkhof基準では4項目中それぞれ1と2項目を満足するのみであった。3項目を満足した1例は8ヶ月後にCDMSへ移行した。満足する項目数とMSへの移行期間は必ずしも関連しなかった。将来、CDMSへの進展が確認された患者のCIS時の脳MRIでさえ、将来、CDMSに進展するかどうか不明なCIS患者に比して画像所見が豊富とは言えず、Barkhof基準をほとんど満足しなかった。

考 察

CISは視神経、脊髄、あるいは脳幹の病変による症状が主体を占め る17)。最も頻度が多いのは視神経炎であるが18)、日本人を対象とした視神経炎からMSへの進展の割合や期間を検討した研究はなされてはいない。今回の研究は、日本人CIS患者で将来MSへ進展する可能性のある画像上のリスクを明らかにすることを目的に、その前提として、そもそも日本人CIS患者ではどのような脳MRI所見が認められるのか、を検討した。  

欧米では脳MRIを用いて、CISからMSへの進展のリスクが研究されてきた。CISと考えられ脳MRIで異常所見がなかった場合、7-20年後にMSへ進展した例は10-20%で、なんらかの所見があった場合は60-80%と記載されている19)、20)、CIS患者を10年間観察すると、CIS発症時に脳MRIで異常所見がなかった群(33%)では、3/27例しかMSへ進展せず、しかも全例でEDSSが3以下であった21)。また、CISの時点でBarkhof 基準を3項目以上満足する患者は40%以上いるが、3年後にMSへ進展した患者は40%しかいなかったという報告22)もある。  

Barkhof基準で評価したCISの代表的な欧米の脳MRI所見23)をTable 1bに示すが、今回の自験例での結果は欧米でのCIS患者の脳MRI所見とは対照的である。欧米の患者では、中間値で39ヶ月の観察期間でMSに進展しなかった患者でさえ、42%でBarkhof基準の1あるいは2項目を満足し、MSへ進展したCIS患者では79%でBarkhof基準のなんらかの項目を満たしている。それに比較すると、自験CIS患者では11/21例(52%)でBarkhof基準のいずれの項目も認められなかった。MS患者でもCISと診断された時点でBarkhof基準を3項目以上満足したのは8例中1例のみで、CIS患者21例中では基準を満たした例はなかった。  

発症時に脳MRIが撮影されていないCDMS患者が13/32例(41%)いたことが注目される。当初からMSが疑われた患者でも矢状断FLAIR画像が撮影されていないことが多く、静脈周囲炎を反映すると言われるDawson’s fingerを評価できたのは2/8例のみで、いずれも陽性であった。脳梁病変が存在すると、CISからMSへ進展する可能性が高くなると言われている23)。将来、MSへ進展する可能性のあるCISが考えられた場合、矢状断FLAIR画像は重要であると思われる。  

欧米では170例のCISのうち、その後3例がNMOと診断された報告8)がある。また、IFNβ治験を受けたCIS患者の1%は後方視的に抗AQP4抗体が陽性であった24)。今回、解析対象としたCIS患者は抗AQP4抗体もLCLも認められないが、これらの中に将来、抗AQP4抗体などが陽性となって、NMOと判明する患者が存在する可能性を完全には否定できないことには留意する必要がある。  

以上から、日本人CIS患者では一定程度将来NMOに進展する患者が混入する可能性を否定できないが、これを考慮してもCIS患者の脳MRI所見は乏しく、MS患者でさえ発症時に認められる病変が少なく、欧米の患者に比して、発症時の脳MRI所見が乏しいことが示唆された。

謝辞 以下の先生方から脳MRIを借用させて頂きました。深謝致します。
国立循環器病研究センター・井上泰輝、
藤田保健衛生大学病院・植田 晃広、
小牧市民病院・加藤重典、
奈良県立奈良病院・菊井祥二、
松戸市立病院・小島重幸、
富山県立中央病院・佐藤大介、
市立枚方市民病院・佐藤智彦、
国立病院機構呉医療センター中国がんセンター・杉浦智仁、
市立豊中病院・巽千賀夫、
京都府立医科大学病院・徳田隆彦、
中尾クリニック・中尾 榮佑、
関西医科大学附属滝井病院・中村聖香、
東京医科歯科大学病院・林達哉、
木沢記念病院・林祐一、
市立伊勢総合病院・松本勝久、
東京慈恵医科大学病院・森田昌代、
東京医療センター・安富大祐、
兵庫県立姫路循環器病センター・山崎浩、
京都第二赤十字病院・山本康正、
舞鶴医療センター・結城奈津子、
日本バプテスト病院小児科(順不同、敬称略)  

本研究は、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「免疫性神経疾患に関する調査研究」班(主任研究者:楠 進近畿大学神経内科教授)の助成を受けた。

文 献

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