32.Rituximabにより早期の治療効果が認められた
  抗myelin-associated glycoprotein (MAG) 抗体を伴う ニューロパチーの1例
  Rapid improvement by rituximab treatment in a case of demyelinating            polyneuropathy with anti-myelin-associated glycoprotein antibody.

本山りえ1)、山川健太郎1)、鈴木聖子2)、楠 進2)、田中正美1)*
1) NHO 宇多野病院多発性硬化症センター 
[〒616-8255 京都市右京区鳴滝音戸山8]
2) 近畿大学医学部神経内科
臨床神経 2011;51:781-4に掲載されました。

要 旨

抗MAG抗体を伴う脱髄性ニューロパチー患者へのRituximab治療経過を報告した。初回投与後から振動覚と二点識別覚の改善があり、抗SGPG抗体のOD値は1600倍希釈で0.554から4ヶ月後に0.307へ低下し、7ヶ月後にはロンベルグ徴候が陰性化した。本症へのRituximab治療は非可逆的な変化が生じる前の発症早期に行うべきと考えられた。2点識別覚が治療経過の指標として有益であり、本例での治療効果の早期発現は、髄鞘再生では説明できず、他の因子の関与を示唆すると考えられた。

はじめに

抗myelin-associated glycoprotein (MAG)抗体活性を有するM蛋白を伴うニューロパチー(抗MAG抗体ニューロパチー)は失調症状を主体として緩徐に進行し、筋力低下などが加わりながら歩行不能となる1)。MAGはHNK-1(CD57)と共通抗原を有し2)3)、末梢神経に存在するsulfoglucuronyl paragloboside (SGPG)やsulfated glucuronyl lactosaminyl paragloboside (SGLPG)の硫酸化グルクロン酸基と反応する。糖脂質が高発現するネコにSGPGを免疫することで動物モデルが作製できる4)。  

慢性炎症性脱髄性ニューロパチー(CIDP)と異なり、免疫グロブリン大量療法(IVIg)の効果は乏しい5)。B細胞のCD20を標的とした治療法が開発され、筆者らも視神経脊髄炎で効果を認めている6)が、本症でも抗CD20抗体(Rituximab)の治療が報告されている7)11)。同様の治療により、初回の投与後から改善が認められたので報告する。

症 例

患者:58歳、男性  

主訴:手足の異常感覚、運動障害  家族歴、既往歴:特記すべきことはない  

現病歴:2007年1月頃、走行時に左足趾にやわらかいものがあたっている感じが出現し、次第に足底に広がり、右足にも出現した。スリッパが履きにくくなり、洗面の際にはふらつくようになった。  

2007年末頃より歩行時につま先が引っかかる様になり、2008年2月28日に近医に入院した。髄液の蛋白高値(78.6 mg/dl)と末梢神経伝導検査で脱髄所見があり、CIDPの診断でIVIg(30g/日×5日間)を施行されたが、改善しなかった。その後も外来で月に1回、IVIgを継続していたが、改善なく、2009年1月にステロイドパルスを3日間施行したが改善しなかった。  

2009年夏頃より手で物が掴みにくくなり、落とすこともあった。字を書きにくくなり、ペットボトルの蓋や缶のプルタブが開けにくくなった。また、走れなくなった。  

2010年には階段を下りる際、ロボットのような歩行になった。5月13日に当科に入院した。

入院時神経学的所見:意識清明で脳神経領域に異常はなかった。深部腱反射は上下肢ともに消失し、病的反射はなかった。上肢遠位部に4レベル、下肢遠位部に4レベルの筋力低下が認められた。特に、下肢では感覚が判らず力を入れにくかった。軽度失調性歩行で、片足立ちは両側とも3秒程度、ロンベルグ徴候は陽性であった。触、痛、温度覚は顔面以外すべて低下しており、特に前二者は四肢遠位部では消失していた。振動覚は上肢遠位部と下肢で低下していた。位置感覚は両側母趾では全く判らなかった(Table1)。  

末梢神経伝導検査:右正中神経で手首刺激でのcompound muscle action potential (CMAP)振幅は5.0mV、肘刺激では3.0mVと40%の低下を認めたがCMAP陰性部分の面積変化は12%の減少にとどまり、伝導ブロックはないと考えた。手首での遠位最小潜時は7.5msと延長していた。運動神経伝導速度は手首-肘間で33m/secであった。F波潜時は51.4msecと延長し、出現率も31%に低下していた。sensory nerve action potential (SNAP)は消失していた。右尺骨神経ではCMAP振幅は正常だったが、手首での遠位潜時は4.7msと延長していた。運動神経伝導速度は手首?肘下間は38m/sec、肘下?肘上間は22m/secであった。F波は誘発されず、SNAPは消失していた。下肢に関しては右脛骨神経、腓骨神経ともCMAP、SNAPが消失していた。これらのことより脱髄性ニューロパチーと考えられた。  

免疫グロブリン大量療法(IVIg)を5日間施行したが、感覚障害や失調は著変なかった。  

免疫電気泳動では明白なM蛋白はなかったが、高IgM血症(323mg/dl, 正常値: 35-220mg/dl)とELISAで測定したSGPGおよびイムノブロットによるMAGに対するIgM抗体が陽性であることが判明した。GM1、GM2、GM3、GD1a、GD1b、GD3、GT1b、GQ1b、GA1、Gal-Cに対するIgG、IgM抗体は陰性であった。  

その後の経過:ふらつきが増悪し、階段の昇降はより困難になり、手に持った物を落とす頻度が増えた。  

8月、入院してRituximabを投与した。方法は既報に準じて行った。Rituximab (500mg)を5%ブドウ糖液に溶解し、80ml/hで週に1回点滴し、4回連続で行うことを1クールとした6)。投与前に当院倫理委員会で承認された。  

Rituximab投与後の経過:投与前、2点識別覚は中指で10 (右)/13 (左) mm、示指で7/6mmで、位置感覚は足関節、足趾ともに判別不能であった(Table 1)。  

初回投与翌日に自覚的に感覚が少し判る感じがあり、投与後2日目に2点識別覚は中指で7/7mm、示指で5/7mmで、足関節の位置感覚が一部判別可能になった。3回目終了後には足関節の位置感覚は正常となり、4回目終了後には2点識別覚、振動覚とも著明に改善した。4ヶ月後の末梢神経伝導検査では変化はなかったが、7ヶ月後には足趾の位置感覚が著明に改善した。自覚的に顕著な改善はなかったが、ロンベルグ徴候は陰性化して良好な状態を維持している。  

リンパ球サブセットは7ヶ月後には4/8比が2.04にまで低下したが、B細胞が2.1%と出現してきており、経過観察中である。抗SGPG IgM抗体は入院時に1600倍希釈のOD値0.554で、投与4ヶ月後には0.307に低下した。

考 察

本例でM蛋白は明確ではなかったが、IgM増加と抗MAG抗体、抗SGPG抗体陽性の脱髄性ニューロパチーであり、抗MAG抗体ニューロパチーと考えられた。  

本症でRituximabによる有効性が報告されている。オープン試験では6/9例8)あるいは8/13例9)で効果が認められた。26例を対象とした二重盲験試験では7/13例で症状の改善が認められたが、偽薬群ではなかった10)。治療群では血中IgMは治療2ヶ月後から減少し始め、8ヶ月後には34%にまで低下した。抗MAG抗体価も8ヶ月後には半減している10)。著者例では4ヶ月後にIgMは約25%減少し、OD値も低下した。OD値の低下はIgM減少によるものと思われる。  

二重盲験法10)での改善度はそれほど芳しくはなかったが、対象が発症から平均15年以上経過している患者たちであったことによると思われる。オープン試験では効果のあった6例中5例が発症から4年以内で8)、もう一方の対象13例中10例も発症から4年以内と短い9)。著者例は発症から3年と早期で、症状も軽く、非可逆的な組織傷害が起こる前であったことが治療効果の認められた理由と考えられ、早期診断・治療が重要であることを示唆している。発症から10年後の治療でも効果が認められることがある8)ことにも留意するべきであろう。

一方、1/9例8)や3/13例9)、二重盲験試験でも1/13例で増悪しており10)、進行を止めることができない場合もある。  

CD20は末梢血のnaive mature B細胞からlate plasmablastの成熟段階のB細胞に発現しているが、免疫グロブリンを産生する形質細胞には発現していない12)。RituximabはB細胞によるT細胞への抗原提示やproinflammatory cytokines/regulatory cytokines産生バランスに影響する可能性がある。 本症ではメモリーB細胞を減少させて免疫グロブリン産生を再構築したり、immunoregulatory T細胞を増加させることが報告されている10)。  

頭頂葉の複合感覚の評価として用いられている、2点識別覚はニューロパチーの指標としても利用されており、示指では4mm以下が正常である13)。従来の報告では症状改善の時期の記述がないため、いつから改善が始まるかが不明であったが、著者例では初回投与後に明らかな改善が認められ、2回目後にほぼ正常化した(Table1)。  

Renaudらの例では一部の患者で治療1ヶ月後に改善が認められ、Dalakasらの例では改善は多くの場合3ヶ月後に認められたと考察で記載しているが、いずれも月単位の観察結果でしかなく、initial effectsの時期は明記されていない。治療後、最初にいつ改善が認められるかを症例単位でも観察することは、疾患自体の病態や治療機序解明に重要と考える。  

著者例では症状改善の早さが特筆される。抗MAG抗体ニューロパチーはCIDPとは異なり、末梢神経でT細胞やマクロファージの細胞浸潤は乏しく、抗体単独で神経傷害をきたしうるという考え方14)もあるが、末梢血リンパ球の細胞内サイトカインをフローサイトメトリーで検索すると抗MAG抗体ニューロパチーではCD4+、CD8+ともIL-10の増加が際だっていることが示されている15)。IL-10はT細胞やマクロファージから産生されるが、B細胞からはIL-10のほかIL-6やTNFαも産生される。これらのサイトカインが直接伝導ブロックに関与する証拠はないが、SGPGをネコに免疫して作製できるのは後根神経節炎で、神経根や末梢神経の脱髄病変は形成されない。Ilyasらはその理由として抗体暴露時間の短さのほかに、後根神経節にはSGPGが豊富の上、血液神経関門が弱いためで、末梢神経の血液神経関門を開ける適切なT細胞の反応を誘導できなかったことを理由の一つに挙げた4)。IgM抗体が髄鞘に結合するためにはT細胞の関与は必要かもしれないし、血液神経関門を開けるだけならば顕著な細胞浸潤は必要ないのかもしれない。B細胞だけでなく、活性化されたT細胞からはさまざまな液性因子が放出されるし、活性化T細胞はRituximabで抑制されうる。本例での改善の早さは、従来知られていない伝導ブロックへ影響する因子の存在を示唆しているように思われる。  

投与1年以内にB細胞が回復するが、投与24ヶ月後で80%、36ヶ月後でも60%で効果の持続が認められており16)、いつ再投与するかという問題は未解決である。Dalakasらは12から18ヶ月後の再発時点に再投与している1)。本例でもB細胞が増加しつつあり、振動覚も悪化しているようなので、いつ再投与するか検討中である。

結 語

発症早期のRituximab治療が重要で、末梢神経再生では説明できないほど早期の反応が得られる可能性があること、2点識別覚が治療経過の指標として有益であったことを報告した。

本研究は、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「免疫性神経疾患に関する調査研究」班(主任研究者:楠 進近畿大学神経内科教授)の助成を受けました。

文 献

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