31.Mitoxantrone治療中に帯状疱疹ウイルスによる髄膜炎を呈したNeuromyelitis opticaの1例

中野 仁1)、 本山りえ1)、 田中恵子2)、 田中正美1)*
1) NHO 宇多野病院多発性硬化症センター
2) 金沢医科大学神経内科
臨床神経 2011;51:703-5に掲載されました。

要 旨

Neuromyelitis optica (NMO)の36歳女性。ステロイド内服で再発を抑制できず、Mitoxantrone(MITX)投与中に髄膜炎を発症した。髄液で帯状疱疹ウイルス(VZV)PCRが陽性であった。移植や多発性硬化症(MS)の治験では、日和見感染症としてVZVが注目されているが、NMOでMITX治療に関連したヘルペスウイルス再活性化は記載がないので報告する。

はじめに

多発性硬化症(以下MS)やNeuromyelitis optica(NMO)で再発予防にMitoxantrone (以下MITX)が投与されている1)。MSではさまざまな治験が行われているが、一部で帯状疱疹ウイルス(以下VZV)の再活性化が問題になっている。MITXの投与中に、従来報告のない、VZV再活性化による皮疹と続発する髄膜炎を発症したNMO症例を経験したので報告する。

症 例:36歳 女性

主 訴:両下肢のしびれと動かしにくさ

既往歴:小児期に気管支喘息、アトピー性皮膚炎

家族歴:特記事項なし

現病歴:2002年12月、右視力低下が出現し、2009年2月までに10回の頚胸髄での脊髄炎を反復し、両下肢の痙性麻痺、C6以下の感覚障害などが残存していた。経過中に胸髄MRIでTh1-5レベルのT2高信号病変を認め、抗AQP4抗体が陽性であった。経口ステロイド内服を減量すると再発を繰り返したため継続していたが、糖尿病、骨粗鬆症、圧迫骨折を発症し、ニューモシスチス肺炎にも罹患した。アザチオプリン(AZT)の併用でステロイドの減量が試みられたが、再発を抑制できず中止された。AZTの詳細な投与量や投与期間は不明であった。ステロイド以外の治療を希望し2009年6月に当院を受診した。同月よりMITX治療を開始しステロイドを減量した。2010年2月までにMITXは6~10mg/m2を1クールとして5クール投与した(合計量は38mg/m2)。2010年5月入院時、プレドニゾロンは11mg/日であった。

現 症:身長155cm、体重51kg、一般身体所見に特記事項なし。神経学的には意識清明、MMSE 25点、右は失明、左は指数弁、その他脳神経領域に異常なく、四肢の筋力は下肢遠位で4、腱反射は上下肢とも減弱、Babinski徴候は両側陽性、小脳失調なし、歩行ははさみ脚歩行、閉脚起立や継ぎ足歩行不可、両側C6以下の温痛覚鈍麻と腰部以下の振動覚鈍麻あり。排尿障害なし。EDSSは5.5。

検査所見:入院時白血球値は7,800μl(好中球61.1%, リンパ球29.0%など)で、その他一般血算・生化学に異常なく、IgGは783mg/dl。抗核抗体や抗SS-A/B抗体など各種自己抗体は陰性であった。髄液オリゴクローナルバンドは陰性で、IgG index 0.48。脳MRIはFLAIR像でテント上の両側深部白質に6ヶ所の高信号域があり、脊髄MRIではC4~T7の中心部に不連続なT2高信号病変が認められた。

入院後経過 (Fig.1):MITX7mg/m2投与3日後の白血球は7,600/μlで、翌日に左臀部~大腿に赤色隆起性の皮疹が生じ、帯状疱疹と診断しバラシクロビル3,000mg/日を内服開始した。同7日後に発熱(38.8℃)し、頭痛、悪心、項部硬直などの髄膜刺激症候が出現し、脳脊髄液検査で蛋白144mg/dl、細胞数44(単核28、多核16)/μl、糖38mg/dl(血糖は90mg/dl)であり、髄膜炎と診断しアシクロビル1500mg/日を開始した。同日の白血球は4,400μl(好中球56.3%, リンパ球39.3%, 単球3.7%など)で、以前の投与時と同じ経過だった。アシクロビル1,500mg/日を開始した。MITX投与9日後には白血球は2,400μl(好中球30.0%, リンパ球64.0%, 単球4.0%など)まで低下したが、帯状疱疹・髄膜炎の両者とも改善し、数日でいずれも正常化した。MITX投与7日後にVZV-DNA PCRが陽性で、VZV抗体価も上昇しており、血液培養陰性、髄液培養陰性、HSV-DNA PCR陰性、β-D-グルカン陰性、墨汁染色陰性、髄液クリプトコッカス抗原陰性からVZVによる髄膜炎と考えた。白血球値はMITX投与17日後には5,400/μl、同21日後には8,700/μlと回復し、一連の白血球数の変化は過去のMITX投与時と同様の経過であった。再度同様の感染が起こるリスクを考え、AZT100mg/日とプレドニゾロン15mg/日内服に変更し、退院した。MITX投与後再発がないことから活動性が抑えられていると考え、AZTを再投与した。発疹発症直後から同部位の疼痛はあったが、1ヶ月後、帯状疱疹後神経痛はなく、MITX開始以降20ヶ月間、再発はない。

考 察

MITXは中枢神経系抗原に対して反応性を有するT細胞、B細胞の免疫作用の抑制、マクロファージ介在性の髄鞘および軸索障害の抑制を発揮することでMSやNMO治療に効果を発揮すると考えられる。副作用は心毒性、白血病、骨髄抑制、無月経、食欲不振、脱毛、易感染性などがあげられる2)。悪性リンパ腫などで他の抗癌剤との併用でVZV髄膜炎の報告はあるが3)、MITXを投与したMS, NMOでVZV髄膜炎の報告は検索した限りではなかった。ステロイドとMITXの併用がVZV再活性化のリスクを高めた可能性は否定できない。また、糖尿病関与の可能性はあるが、近年は血糖コントロールは良好であり、発症時の糖尿病薬はαグルコシダーゼ阻害薬の内服のみで空腹時血糖69mg/dl、HbA1c5.1%であった。なおVZV再活性化時の白血球値は正常であったが、悪性腫瘍患者ではVZV特異的T 細胞が障害される結果、再活性化に至ると考えられており、白血球数やリンパ球数とは無関係という報告がある4)。またSLEではIFNγ, TNF-αを産生するVZV特異的memory CD4細胞の減少がVZV感染のリスクとされる5)。MITXは非特異的に免疫を押さえるため、本例のように正常白血球数にもかかわらずVZVが再活性化した機序としては、ウイルス特異的CD4数の変化やCD8機能の低下が関与しているのかもしれない。  

移植治療後ではVZVなどのヘルペスウイルス感染症が注目されているが、MSでも2010年秋から米国で市販されたFingolimodの治験中に単純ヘルペス脳炎と播種性帯状疱疹で各々1例ずつ死亡例が報告された6)。内服薬として注目されていたCladribineでも、CLARITY studyで20/884例で播種性ではなかったものの帯状疱疹の発症が認められている7)。  

健康人でもVZVの再活性化は起こりうるが、今後、これらの免疫抑制剤の使用により、たとえ白血球数やリンパ球数が著減していなくても、再活性化が誘発される可能性には注意が必要と考えられた。

本研究は、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「免疫性神経疾患に関する調査研究」班(主任研究者:楠 進近畿大学神経内科教授)の助成を受けました。

文 献

  1. 「多発性硬化症治療ガイドライン」作製委員会編集. 多発性硬化症治療ガイドライン2010. 東京:医学書院:2010, p. 78-86.
  2. Marriott JJ, Miyasaki JM, Gronseth G, et al. Evidence Report: The efficacy and safety of mitoxantrone (Novantrone) in the treatment of multiple sclerosis: Report of the Therapeutics and Technology Assessment Subcommittee of the American Academy of Neurology. Neurology 2010;74:1463-1470.
  3. 遠藤一博, 小林功幸, 川井信孝ら. アシクロビル長期投与が有効であった再発性,難治性汎発性帯状疱疹を合併した非ホジキンリンパ腫の1例. 感染症誌 1993;73:341-345.
  4. Malavige GN, Rohanachandra LT, Jones L, et al. IE63-specific T-cell responses associate with control of subclinical varicella zoster virus reactivation in individuals with malignancies. Br J Cancer 2010;16;102:727-730.
  5. Park HB, Kim KC, Park JH, et al. Association of reduced CD4 T cell responses specific to varicella zoster virus with high incidence of herpes zoster in patients with systemic lupus erythematosus. J Rheumatol. 2004;31:2151-2155.
  6. Cohen JA, Barkhof F, Comi G, et al. Oral fingolimod or intramuscular interferon for relapsing multiple sclerosis. N Engl J Med 2010;362:402-415.
  7. Giovannoni G, Comi G, Cook S, et al. A placebo-controlled trial of oral cladribine for relapsing multiple sclerosis. N Engl J Med 2010;362:416-426.