29.痙攣と視神経炎を反復した抗NMDA受容体脳炎の10歳女児例
   Anti-NMDA receptor antibody encephalitis with recurrent optic neuritis
     and epilepsy

本山りえ1)、 白石一浩2)、 田中惠子3)、木下真幸子4)、 田中正美1)
* 1) 国立病院機構 宇多野病院MSセンター [〒616-8255 京都府京都市右京区鳴滝音戸山町8]
2) 国立病院機構 宇多野病院小児科
3) 金沢医科大学脳脊髄神経治療学(神経内科)
4) 国立病院機構 宇多野病院発作科
臨床神経 2010;50:585-8に掲載されました。

要 旨

反復性の視神経炎・痙攣が副腎皮質ステロイド依存性に再燃する抗NMDA受容体抗体陽性の10歳女児例を報告する。中枢神経内でのIgG産生や脊髄液でのみ抗NMDA受容体抗体が認められたことは、病変形成への抗体関与を示唆している。本例は世界で2例目の視神経炎合併例であるが、視神経脊髄炎合併の可能性を否定できず、今後の症例の集積が必要である。

はじめに

以前、本邦で「若年女性に好発する急性非ヘルペス性脳炎」として報告された一群の多くは、N-methyl-D-aspartate (NMDA)に対する抗体を有する卵巣奇形種関連傍腫瘍性抗NMDA受容体脳炎1)と同一であることが判明した2)。腫瘍を伴わないこともあるので広義には抗NMDA受容体脳炎と呼ぶ3)。小児例は成人例とは異なり、行動異常や痙攣、不随意運動が認められ、腫瘍を合併することは稀とされる4)、5)。  

ステロイド依存性に痙攣と視神経炎を反復し、脳MRIで髄膜に造影病変が認められ、視神経脊髄炎(Neuromyelitis optica: NMO)や多発性硬化症(MS)が疑われた10歳女児例の脊髄液中に抗NMDA受容体抗体が認められた。本報告は再発性視神経炎を呈し、抗NMDA受容体抗体が陽性であった世界で2例目の報告である。

症 例

患者:10歳、女児

家族歴・既往歴:特記すべきことなし

現病歴: 2008年12月、左視力低下が出現し、近医で視神経炎と診断され、プレドニゾロン(PSL)内服にて2~3週間で改善し、漸減中止された。  

2009年2月、痙攣発作が出現し、10分間程意識が消失した。近医にて脳MRIで皮質に造影病変が認められ(Fig.1a)、脊髄液検査では細胞数122/μl、蛋白46mg/dl、IgG index0.72、オリゴクローナルバンド(OCB)陰性であった。抗アクアポリン(AQP)4抗体を含む各種抗体は陰性であった。神経学的に異常はなかったが37~38℃台の発熱が続き、5日間ステロイドパルス療法が施行され、造影病変は消失した。パルス後のPSL内服は3月末に漸減中止された。  

PSL中止1週間後、右視神経炎が発症した。他の神経学的異常所見はなかったが、脳MRIで皮質下白質に多発性造影病変が認められた(Fig.1b)。髄液検査では細胞数21/μl、蛋白36mg/dl、IgG index1.67であった。5日間ステロイドパルス療法後症状は改善し、造影病変は消失した。パルス後のPSL内服は5月中旬に中止された。  

PSL中止3週間後、意識障害を伴う顔面痙攣が出現した。脊髄液検査では細胞数の軽度上昇、IgG index 0.8がありOCBは陰性であった。脳MRIで頭頂葉に造影病変が認められ(Fig.1c)、5日間ステロイドパルス療法施行した。1か月程PSLの内服を行った。  

2009年8月初めに当科に入院した。

神経学的所見: 意識は清明で知的に問題はなく、脳神経領域、運動および感覚系に特記すべき所見はなかった。眼科的には視力低下はなく、中心フリッカー値は正常で、その他にも所見はなかった。

入院後経過:PSL中止3日目より感染徴候や自覚症状を伴わない37~38℃台の発熱が出現し、脳MRIでは両側大脳半球くも膜下腔に造影効果を伴う高信号域を認めた(Fig.1d)。PSL中止10日後、右顔面から始まる意識障害を伴う全身痙攣が出現した。この直後に脊髄液を採取した。ステロイドパルス療法5日間を2クール施行後、解熱して造影病変も消失した。2010年3月まで、PSL治療を継続しており、その後、痙攣などは出現していない。脊髄MRIでは異常所見はなかった。  

検査所見:検血、検尿生化学に異常はなく、赤沈値は1時間値28mm、CRP 0.43mg/dl、IgG 656mg/dl、IgA 135mg/dl、IgM 86mg/dl、C3 165mg/dl (正常値:86-160)、C4 73mg/dl (17-45)、CH50 65.1U/ml (32-49)、ACE 8.0mU/ml (6.6-21.4)、リゾチーム 8.8μg/ml (5.0-10.2)、抗核抗体や抗甲状腺抗体などの各種自己抗体や抗AQP4抗体、抗α-enolase抗体、抗glutamic acid decarboxylase (GAD) 抗体は陰性であった。痙攣再発3日前の脳波では棘波と徐波が認められた(Fig. 2)。  

脊髄液所見:細胞数 145/μl (単核球 251/3, 多核球 184/3)、蛋白 40mg/dl、MBP 59.7pg/ml (102以下)、OCB(等電点電気泳動法) 4本陽性、IgG index 0.65 (0.59以下) 6)であった。  

反復性視神経炎はあるが、PSL反応性の痙攣が認められたため、抗NMDA受容体抗体の測定を行った。抗体の検出7)は著者らの一人(KT)により施行された。抗NMDA受容体の測定は、グルタミン酸受容体 NR1およびNR2サブユニットそれぞれのcDNAを発現ベクターに挿入し、HEK293細胞にtransfectして、患者検体および、市販の抗NR1/NR2抗体(ウサギ)を一次抗体、FITC-抗ヒトIgGおよびPE-抗ウサギIgGを二次抗体として二重染色を施し、重なり合う染色パターンを陽性として検出した。入院後に痙攣発作が出現した日の血清(希釈率1:40)では陰性だったが、脊髄液 (1:4)で陽性であった。

考 察

自験例ではPSL依存性で、PSLを中止するたびに再燃しており、MSの可能性は低いと考えられた。この経過はむしろNMOを示唆するが脊髄炎や抗AQP4抗体、LCLはなく、脊髄液のIgG index亢進やOCBは中枢神経内でのIgG産生を意味するし、血清では陰性で脊髄液で抗NMDA受容体抗体が認められたことは、中枢神経病変の形成に抗NMDA受容体抗体が深く関与していることを示唆している。NMDA受容体脳炎で髄膜が造影されることは記載があり3)、脳MRI所見も矛盾しない。  

最近、NMDA受容体脳炎発症後に視神経炎と脊髄炎を反復する15歳例が報告された。発症当時の所見がNMDA受容体脳炎に典型的であったこと、イムノブロットで同定されていないものの他の抗神経抗体が認められたことから、NMDA受容体脳炎後にエピトープ・スプレディングを起こして、seronegative NMOが合併したと考えられた8)。Kruer例も自験例も将来抗AQP4抗体が陽性になる可能性は否定できないが、自験例では視神経炎で発症し、2ヶ月後には痙攣を呈しており、エピトープ・スプレディングは考えがたい。NMDA受容体は神経細胞表面に発現しており、NMO類似の病変形成に抗NMDA受容体抗体が関与しうるか否かは不明で、NMDA受容体脳炎と視神経との関連については類似例の集積を待ちたい。

本例の要旨は第22回日本神経免疫学会学術集会(2010年3月17-19日、東京)で発表した。また,厚生労働省の「厚生労働科学研究費補助金」からの補助によった。抗α-enolase抗体を測定して頂きました、福井大学第2内科・米田 誠先生に深謝致します。

文 献

  1. Dalmau J, Tuzun E, Wu H-Y, et al. Paraneoplastic anti-N-methyl-D-aspartate receptor encephalitis associated with ovarian teratoma. Ann Neurol 2007;61:25-36.
  2. Kamei S, Kuzuhara S, Ishihara M, et al. Nationwide survey of acute juvenile female non-herpetic encephalitis in Japan: Relationship to anti-N-methyl-D-aspartate receptor encephalitis. Int Med 2009;48:673-679.
  3. Dalmau J, Gleichman AJ, Hughes EG, et al. Anti-NMDA-receptor encephalitis: case series and analysis of the effects of antibodies. Lancet Neurol 2008;7:1091-1098.
  4. Florance NR, Davis RL, Lam C, et al. Anti-N-methyl-D-aspartate receptor (NMDAR) encephalitis in children and adolescents. Ann Neurol 2009;66:11-18.
  5. Dale RC, Irani SR, Brilot F, et al. N-methyl-D-aspartate receptor antibodies in pediatric dyskinetic encephalitis lethargica. Ann Neurol 2009;66:7040709.
  6. 田中正美、荒木保清、田中恵子. 髄液IgG indexの日本人正常値。神経内科 2010;72:337-338.
  7. 田中惠子. 抗NMDA受容体抗体陽性例の臨床的特徴に関する検討. 厚生労働科学研究費補助金 こころの健康科学研究事業「急性脳炎・脳症のグルタミン酸受容体自己免疫病態の解明・早期診断・治療法確立に関する臨床研究」研究班平成20年度報告書, pp 127-128.
  8. Kruer MC, Koch TK, Bourdette DN, et al. NMDA receptor encephalitis mimicking seronegative neuromyelitis optica. Neurology 2010;74:1473-1475.