27.日本人多発性硬化症患者に対するミトキサントロン治療の検討
  Mitoxantrone for the treatment of Japanease patients with multiple sclerosis 

小森美華1) 田中正美1) 村元恵美子1) 大野美樹1) 松本理器1) 北川尚之1) 村瀬永子1) 斎田孝彦1)
1)国立病院機構 宇多野病院 MSセンター
臨床神経 2009;49:457-62に掲載されました。

要 旨

IFNβ1b療法で再発を抑制できない、日本人多発性硬化症(MS)患者に対するミトキサントロンの治療効果について検討した。2005年1月以降2006年4月までに9例を対象に治療を開始した。平均年齢は39歳、平均EDSSは 6.7であった。9例中7例は3椎体以上の脊髄病変を有していた。積算投与量が増えるに従って、再発頻度および障害度の進行は減少した。日本人の重症多発性硬化症患者においても、MITX療法が有効であることが示された。

はじめに

ミトキサントロン(mitoxantrone; MITX)は抗癌剤として、日本では急性白血病や悪性リンパ腫、乳癌などに対し保険認可されている。MITXはDNA鎖と架橋形成し細胞の核酸合成を阻害する。腫瘍細胞をはじめとして、分裂が盛んな細胞の増殖能を抑制することから、骨髄を含む免疫担当細胞の機能が抑制されると言われている1)。免疫担当細胞への影響としては、CD4陽性T細胞の減少やB細胞機能の抑制、マクロファージの脱髄活性の阻害、非特異的抑制性T細胞の増殖2)、樹状細胞などの抗原提示細胞のプログラム死の誘導をきたすことが知られている3)。中枢神経系の自己抗原に免疫応答をおこす多発性硬化症(multiple sclerosis; MS)患者に対するMITX療法は、1990年以降報告が相次ぎ、今や欧米では標準的治療法といえるまでに普及した(2-5)。しかし日本ではMS患者の再発予防に利用できる薬剤は未だIFNβ1bのみであり、IFNβ1b投与にも関わらず再発、進行を抑制できない重症患者への治療選択肢が皆無である。これまで複数例での日本人MS患者へのMITX治療報告はない。今回、我々は、日本人重症MS患者に対するMITX治療の効果および副作用について検討したので報告する。

方 法

IFNβ1b療法による再発予防にも関わらず、MRIで自覚症状に対応する新たな病変が出現するか、神経学的所見が認められ、ステロイドパルスを施行した、再発が年3回以上、もしくはEDSS(Expanded Disability Status Scale)が年間1以上悪化した、当院MSセンターで加療中のMS患者を対象とし、prospective studyを行った。急性増悪の症状が互いに1ヶ月以上の期間が開いたものを、独立した再発と数えた。当院の倫理委員会の規定に則り同意を得た上で、2005年1月以降MITXを投与した。  

心疾患の病歴や心エコー検査での左室駆出率低下(ejection fraction; EF 50%未満)といった心危険因子の存在があったり、末梢血白血球数が3000/mm3以下の場合、治療対象から除外した。

MITX投与量は体表面積で換算した。投与のタイミングはFig1に示した。初回量10-12mg/m2とし、以降白血球数減少程度・再発頻度を目安として3-12mg/m2の範囲で(20mgを超えない)3回目までは約1ヵ月ごとに、以降約3ヵ月ごとに点滴投与した。直前に制吐剤として塩酸アザセトロン10mgを静注した。MITXの総投与量は欧米での報告4)を参考に、96mg/m2を超えないようにした。

各MITX投与前に、神経学的所見(知的機能、視力、EDSS)、髄液検査、脳・脊髄造影MRIを施行しMSの活動性を評価、また採血(白血球数、白血球分画、血小板数、一般生化)、尿検査、心電図、胸部レントゲン、心エコーにて副作用評価を行った。MITX投与後1~2週の間は、週2~3回の採血にて白血球数、分画の確認を行った。採血で白血球数が1000/mm3以下もしくは好中球が500/mm3以下では、顆粒球刺激因子G-CSFを50μg/m2を皮下注した。

MITX投与前後の各因子の群間比較には、Wilcoxon符号順位検定を行った。

結 果

2006年4月までに9例(女性6例・男性3例)を対象に治療を開始した。平均年齢41 (25-58)歳、発症からMITX治療開始までの平均年数は3.9 (1-8.5)年、治療前の寛解時にEDSSは平均6.7(4-8.5)であった。再発時にMRIで3椎体以上の脊髄病変(long spinal cord lesion: LCL)を呈したMS患者(LCL-MS)が7例(視神経脊髄型1例、脊髄型1例、他の5例は視神経脊髄に加え大脳・脳幹病巣も呈した)、LCLをもたず大脳を中心に再発を繰り返す古典型MS(CMS;classic multiple sclerosis)が2例であった。全例が再発寛解型の経過であり、治療前1年間でEDSSは平均2.7悪化し、治療が必要でMRIでも確認できる平均再発回数は5.9(3-10)回/年であった。(Table 1, 2)9例の臨床経過をFig. 2に示す。  

代表例(Fig. 2のPatient 9)を提示する。MTIX導入時35歳の男性である。  

2004年11月、32歳時に右視神経炎にて発症した。この時を含め、以降も再発時には毎回ステロイドパルスにて加療した。12月、左視神経炎と左上肢知覚過敏を呈しMSと診断された。髄液検査にて細胞数103/mm3(単核球99)、蛋白61mg/dl、オリゴクローナルバンドは陰性であった。頚髄MRIではC2-5のLCLを認めた。2005年4月、吃逆と悪心嘔吐が出現し、脳MRIでは延髄に新たな病変を認めた。5月、Th8レベル以下に感覚過敏が出現し、胸髄MRIにてTh5-10にT2高信号病変を認めた。6月にIFNβ1bを導入された。その3週間後に両上肢の異常感覚が出現し、頚髄MRIでC2-Th3レベルに造影病変を認めた。7月左視神経炎、8月に発熱、悪心嘔吐、眼球運動障害、失調が出現し歩行不能となった。脳MRIでは脳幹および小脳に新たな病変を認め、ステロイドパルスに加え血漿交換療法を5回、IVIG療法も行われ、症状は徐々に回復した。9月、吃逆がおさまらず、10月には失語、両視神経炎を発症、脳MRIにて左前頭側頭葉、両側後頭葉、深部白質、橋、小脳に病変を認めた。11月に右視神経炎、両下肢の異常感覚を認めた。2006年1月2日対麻痺、下肢異常感覚が出現し1月12日当院を受診した。視力は右0.02、左0.5、知的機能は正常で、両上肢に軽度の失調、両下肢は膝立てが可能であった。麻痺および体幹失調、深部覚障害のため歩行は不可能であった。1月12日には左視神経炎を発症した。IFNβ1bを7ヶ月使用にても、ほぼ毎月のように再発が認められていたため、2006年2月13日、MITXを投与(10mg/m2)した。皮膚潰瘍が重篤であったことから、IFNβ1bは中止した。3月1日、運動障害を伴わない発熱、頭痛、悪心を認め、脳MRIで大脳、橋、小脳に散在する新たな造影病変を認めた。3月12日には再び発熱、頭痛、C3-4レベルの痺れ感が出現し、脳MRIでは脳幹に新たな造影病変を認めた。どちらもステロイドパルスにて速やかに症状は消失した。3月13日、2回目のMITX投与(12mg/m2)、4月13日には3回目の投与を行った。その間再発は認めず、5月には1本杖で歩行が可能にまで回復した。7月11日に発熱、頭痛、上肢の軽い痺れ感があり、頚髄MRIで新たな造影病変を認めた。7月13日に4回目を投与した。MITX投与開始後すでに半年を過ぎるが、EDSSが増悪するような再発は認めず、現在もMITXを投与継続中である。  

MITX導入直前まで、IFNβ1bは8例で使用していた。残りの1例は導入の2年前までIFNβ1bを使用していたが、1年間で5回の再発があり、中止し、以降は使用していない。全例ともfull dose(800万単位/隔日)のIFNβ1b使用にも関わらず、年間3回以上の治療を必要とする再発がみられ、IFNβ1bが無効もしくは効果不十分と判断した。IFNβ1bの投与期間は10.7±6.5ヶ月(mean±SD)であった。IFNβ1b投与前後の再発頻度は治療前4.2±2.7/年、治療後6.3±3.6/年(P=0.077)であった。IFNβ1bによる副作用(皮膚潰瘍や倦怠感)がみられていた3例でMITX導入後、投与を中止したが、残りの5例では現在もIFNβ1b療法を継続している。    

MITX累積投与回数は3回2例、4回4例、5回1例、6回1例、8回1例であったが、うち2例(Patient 1, 7)は初回投与時より悪心を伴わない食欲不振が強く、投与量を減量し(5-10mg/m2)、投与間隔を延長(1.5~2.5ヶ月)して観察したところ、3回目投与後での約半年間で3回の再発を認め、Patient 1ではEDSSが9.5に、Patient 7では治療前からのせん妄が悪化し入院継続が困難となったためMITX投与を中止した。この2例では治療開始からのEDSS変化の程度が平均1.3(1-4)/年であった。Patient 1ではその後も再発を繰り返した。(Fig 3, 4)

半年以上(3回以上)継続してスケジュールどおりに治療がおこないえた残りの7例では、治療前の年間再発回数は(mean±SD)5.9±2.8であったが、MITX投与開始後6ヶ月間では再発回数3.1±3.6(P=0.151)(7例、年間再発回数に変換)、6ヵ月~1年では1.1±2.2 (p=0.101)(3例、年間再発回数に変換)であり、積算投与量が増加するに従って、MITX投与前より再発回数が減少した。また、その再発の程度も投与前に比べると軽微であり、ステロイドパルス療法によってEDSSは回復し、MITX投与前の年間EDSS変化率は(mean±SD)2.7±1.9であったのに対し、MITX投与開始後6ヶ月間では-0.4±0.9(P=0.0018)(年間EDSS変化率に変換)、6ヵ月後~1年ではEDSSは悪化しなかった。

MITX投与によって、平均髄液細胞数(mean±SD)は治療前30±27/μl、3回治療後6±6/μl(P=0.345)、であり、髄液リンパ球サブセットでは平均CD4/8比は治療前3±1.3、3回治療後3.4±2.4(P=0.593)、平均CD4+CD25+T細胞%は治療前4.6±2.5、3回治療後4.1±4.2(P=0.721)と有意差を認めなかった。

MITX投与中止の原因は2例とも重度の食欲不振であった。他の9例ではMITX投与後数日続く悪心や倦怠感がみられたものの、対処療法にて経過観察可能であった。最も顕著であったのは骨髄機能抑制による白血球減少であり、10日目前後に最低となる白血球減少が全例でみられたが、一時的なものであり、約3週間でほぼ回復した(mean±SD, range; 治療前 5690±2190/μl、7600/μl-3100/μl、治療後1795±852/μl、3900/μl-300/μl)。MITX投与2回目以降にG-CSFを必要とする場合が多く、以降回数を重ねるごとに白血球数低下の度合い、人数が増加した。特に50歳以上でMITX治療を開始した症例では、白血球数の回復が遅れ、次のMITX治療投与量を5-8mg/m2に減量する対策を講じた。MITX投与量の調整は、投与前末梢血白血球数3000-4000/μlで投与量を75%に減量、2000-3000/μlで50%に減量、2000/μl以下ではスケジュールどおりの投与はせず、1週間後に採血にて白血球数を再検とした。もともと頻回に尿路感染を繰り返していた症例では、治療後にも尿路感染を繰り返したが、抗生剤にて加療可能だった。それ以外経過中明らかな感染症を合併した症例はなかった。治療前後で心機能低下を認めた例は認められなかった。

考 察

日本人重症MSに対しても欧米での報告と同様に、MITXの投与回数を重ねるごとに再発頻度・重症度は軽減し、予後改善に貢献した。特に活動性の高いMS患者では、MITXの総積算量を早期に増量すべく、3回目までは1ヵ月ごと程度の頻回投与が望ましいと考えられた。

一般的に、白血球減少、軽度の貧血や血小板減少などの骨髄抑制が、MITXの主な用量依存性の副作用であり、他には軽度の悪心、嘔吐、脱毛、無月経、口内炎などが時に合併する。しかしほとんどの症例では、骨髄機能抑制以外の副作用はみられないとされる2)。今回の我々の経験でも、もっとも問題となった副作用は白血球減少であるが、G-CSF投与や次回MITX投与量の調整で対応可能であった。50歳代以上の症例では特に骨髄機能の回復が遅く、注意が必要である。ただし重度の食欲不振が2例にみられ、実際の投与中止の原因となっていることは、留意する必要がある。心毒性は長期にわたり問題となる可能性があるとされ、心エコーでの左心室機能の評価が必須であるが、今回は1年以上の経過がある症例が2例にとどまったため、今後の長期経過観察が必要である。報告では、癌患者に投与されたデータで総積算量が140mg/m2を超えると、2.6-6%で心不全がみられるとされる2)。二次性の白血病を起こす可能性や、薬剤自体の発がん性については、様々な意見がある7)

現在、重症多発性硬化症に対して認可されている再発予防法は国内ではIFNβ1bしかなく、IFNβ1bに反応のない症例には治療手段がない。またLCL-MSは、自己抗体との関連が近年指摘されてお り8)、免疫調整剤であるIFNβ1bだけでは不充分である。重度の再発を繰り返すことで知られ9)、重篤再発を起こす前に、自己免疫反応の活動性を押さえる必要がある。

今回の結果からは、MITXは投与回数を重ねるごとにその免疫抑制効果が増し、日本人重症型多発性硬化症の再発回数を減らし、また再発時の重症度を軽減させ、予後を改善することが示された。少なくとも疾患活動性が極めて高く、ステロイドや血漿交換療法等によっても全くコントロールできない場合に、病勢を鎮める効果があると考えられる。髄液検査の結果でも、中枢神経内の炎症反応の鎮静化傾向がみられたが、有意差が得られず、これは再発がMITX投与直前に見られることが多く、MITX投与前髄液検査がこの再発を捕らえてしまったためと考えられる。今後は重症型に以降しやすいMSの特徴を把握し、そのEDSSが悪化する前の病早期から、MITX投与を開始することが求められる。また今回は、年3回以上再発もしくはEDSS1以上悪化する患者を対象としてMITXを投与したが、この選択法によって9例中7例がLCL-MSであったことは、いかにこの病型の患者への治療に従来の方法では難渋しているかを示している。
重症型MSは再発のたびにADLが低下し、早ければ数年で呼吸障害・四肢麻痺・痴呆症状を合併する悲惨な疾患である。MITX治療の効果は明らかであり、日本人重症MSに対する治療法の選択肢として、本邦でも使用できるようになることが期待される。

文 献

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