24.多発性硬化症・視神経脊髄炎日本人患者での脳脊髄液オリゴクローナルバンドの解析
   Oligoclonal IgG bands in the cerebrospinal fluids of patients
    with Japanese multiple sclerosis or neuromyelitis optica related disorders.

大封昌子*、木下真幸子**、田中恵子***、田中正美*
*NHO宇多野病院 多発性硬化症センター[〒616-8255 京都市右京区鳴滝音戸山8]
**NHO宇多野病院 神経内科
***金沢医科大学 神経内科
神経内科 2012;77:537-541.に掲載されました。

はじめに

多発性硬化症(Multiple sclerosis:MS)の病変形成にTh1やTh17といったヘルパー型T細胞の他に、B細胞が重要な役割を果たしていると考えられており1)、末梢血中のB細胞を標的としたRituximabの治療効果も認められている2)。中枢神経内でIgGが産生されるのでIgG indexが増加し3)、特定の抗原に対する抗体が増加していることを示しているオリゴクローナルバンド(OCB)は欧米での陽性率が高く、13,000名以上のデータベースでの検索では80%が陽性で、OCBのMS病変形成との関連は不明だが、緯度との関連を示唆する報告もある4)。日本人のMS患者での陽性率はoptic-spinal MS(OSMS)を除外すると77%と報告されているが5)、抗AQP4抗体登場前の報告である。そこで、現在の診断基準を用いた視神経脊髄炎(Neuromyelitis optica:NMO)とNMOを除外したMS患者を対象に、脳脊髄液(cerebrospinal fluid:CSF)中のOCBの陽性率について検討した。

対象と方法

再発予防を目的にNMO患者にステロイドを第一選択薬として投与するようになる以前の2005年7月から12月まで当院に通院していた患者のうち、脳脊髄液(CSF)中のオリゴクローナルバンド(OCB)を測定していたMS患者を対象とし、OCBの陽性率、IgG index、発症から脳脊髄液検査施行までの年間再発率について検討した。また、同時期のNMO患者において、OCB陽性率、抗アクアポリン(AQP)4抗体の陽性率、脊髄の3椎体以上の病変の有無、自己免疫疾患の合併の有無について検討した。  

MSの診断は、2005年のMcDonald診断基準6)の第一項目(臨床経過のエピソードとして空間と時間の多発性を有する)を満たすものとし、再発寛解型MS(RRMS)を対象とした。NMOの診断は、2006年のWingerchukらの診断基準7)によった。CSFのOCBは、国際的な標準的測定法である、等電点電気泳動による測定を三菱化学メディエンス(東京)で施行した。抗AQP4抗体の測定はcell-based assayで行い、蛍光抗体法で判定した8)。  

MS患者は、21例(男性:10例、女性:11例)で、発症時の平均年齢は32.9±15.9歳(平均値±標準偏差、中央値:29歳)であった。発症から髄液検査施行までの期間は11.3±15.9年(9.0年)であった。OCB陽性群の期間は10.7±12.9年(9.0年) 、OCB陰性群では11.9±7.7年(11.0年)で有意差はなかった。

NMO患者は、30例(男性:4例、女性:26例)で、発症時の平均年齢は36.9±14.5歳(40歳)であった。発症から髄液検査施行までの期間は7.8±6.9年(8.0年)であった。

結 果

MS患者でのCSF中のOCB陽性率は21例中10例(47.6%)で、男性で40%、女性では54.5%であった。IgG indexは、OCB陽性群では1.1±0.62(平均値±標準偏差)、OCB陰性群では0.57±0.11であり、OCB陽性群では、陰性群に比べてIgG indexは高値であった(p=0.035) (Table 1)。当院でのIgG Indexの正常上限値(0.06) 3)以上を示したのは、OCB陽性群では7例中5例、OCB陰性群では7例中2例であった。  

髄液検査施行までの年間再発率は、OCB陽性群では0.53±0.94、OCB陰性群では0.56±0.54であり、OCB陽性群、陰性群では、有意差は認めなかった(Table 1)。髄液検査施行時の脳MRIで大脳白質病変を9個以上認めた例はOCB陽性群で8例中4例(50.0%)あり、OCB陰性群では9例中3例(33.3%)であり、脳室周囲病変が認められたのはそれぞれ6例(75.0%)、4例(44.4%)で有意差はなかった(Fisher’s exact testによる両側検定で、それぞれ0.28、0.47であった)。治療歴の詳細が不明の2例を除く19例中16例(84.2%)でインターフェロンβ治療を施行されていたが、今回はOCBを治療前後で測定していないため、治療によるOCBへの影響は不明である。抗核抗体が160倍であった1例以外は、自己免疫疾患の合併はなかった。抗AQP4抗体は全例で陰性であった。  

NMO患者でのCSF中のOCB陽性率は30例中5例(16.7%)で、男性では4例中1例(25%)、女性では26例中4例(15.4%)であった。30例中25例1(83.3%)では3椎体以上に連続する脊髄病変を伴っており、30例中17例(56.7%)で抗AQP4抗体が陽性であった。抗AQP4抗体陽性17例中OCB陽性は3例、抗AQP4抗体陰性13例中OCB陽性は2例で、両群間で陽性率に有意差はなかった(p=0.12)。  

脳脊髄液検査施行時に、副腎皮質ステロイドを持続内服していた症例は2例あり、1例は中止すると再発することを反復していて、7年間ほぼ継続的に10-20mg内服していた。他の1例は検査1ヶ月前に再発に対してステロイドパルスが施行され、後療法として内服薬が他院で投与されていたが詳細は不明である。前者ではOCBは陽性で、後者は陰性であった。免疫抑制剤を使用していた症例はなかった。7例でインターフェロンβ1b治療歴を有していたが、全例OCBは陰性であった。重症筋無力症が2例に9)、シェーグレン症候群が1例で合併していた。

考 察

OCBは疾患特異性が低いため、MSの診断基準には含まれていないが、最初の脱髄病変によると考えられるClinically isolated syndrome(CIS)からMSへの進展のリスク因子でもあり10)、重要な所見である。当院で測定したMS患者でのCSFのOCB陽性率は46.7%であり、OSMSを除外したNakashimaら5)の77%と比較して低かった。等電点電気泳動で測定した、欧米の陽性率と比較すると、Nakashimaらの報告は欧米の結果に近いが、現在の診断基準によるNMOを除外した今回の私たちの結果は、再発性脊髄炎や再発性脳幹症状などNMOに特徴的な患者を除外した、北海道在住の患者が多いと思われるKikuchiら11)の結果(53%)に近かった(Fig.1)。Nakashimaらが対象としたMS患者は東北地方在住が多いと考えられるが、Poserの診断基準を用いているため対象は私たちとほぼ同一であり、OCBの検出方法も同じである。緯度が高くなるとOCB陽性率も高くなるという報告がある4)。私たちの患者は近畿在住がほとんどであるが、国内3ヶ所の結果の違いは少なくとも緯度によるとは考えにくい。

MS患者において、OCB陽性群と陰性群を比較すると、IgG indexは陽性群で陰性群に比べて有意に高値であった。これはSirithoらの報告と同様の結果で12)、OCBが中枢神経内でのIgG産生の亢進を背景としていると類推されることから当然の結果と考えられる。脳脊髄液検査施行までの年間再発率では、OCB陽性群と陰性群の間で有意差は認めなかった。Sirithoらの報告では再発回数、年間再発率には陽性群・陰性群で差がなく12)、本研究でも同様の結果であった。  

本研究では、インターフェロン治療前後でのCSFのOCBの測定は行っていないため不明であるが、Fingolimodやインターフェロンβ治療ではOCBは影響を受けないと言われている13)。すでに国内で治験が始まっているNatalizumabでは消失する症例があると言われており14)、今後は留意が必要である。今回の対象患者ではFingolimodやNatalizumabを投与された患者はいなかった。  

NMO患者でのCSFのOCB陽性率は、既報告では27.0%15)、8.7%16)、16.4%17)であった。本研究での陽性率は16.7%であり、既報告と同様に日本人MSと比較して低かった。NMOでは補体依存性に抗AQP4抗体によるアストロサイトの傷害が主体と考えられる。今回の結果でも明らかであるが、NMOでの抗AQP4抗体の有無とOCBの有無との間に相関はなく、OCBの陽性率も低く、意義は不明である。 McDonaldの診断基準からはOCBは削除されたが、CISからMSへの進展に関与するなど、経過に重要な指標と考えられるだけでなく、MSやNMOの中枢神経内でのB細胞の役割を考える上でも重要と思われ、OCBの対応抗原が何かなど、今後の研究の進展が期待される。

本研究は、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「免疫性神経疾患に関する調査研究」班(主任研究者:楠 進近畿大学神経内科教授)の助成を受けた。
*本論文に関連して、開示するべきCOI状態にある企業、組織、団体はいずれもありません。

文 献

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