22.フィンゴリモドを投与した多発性硬化症患者における末梢血リンパ球の変化
-CD62L陽性細胞の著減
Decreased CD62L Lymphocytes in patients with multiple sclerosis
treated by fingolimod
田中正美1)、朴 貴瑛1),本山りえ1), 木下真幸子2)、田中惠子3)
1) NHO 宇多野病院多発性硬化症センター
2) NHO宇多野病院神経内科
3) 金沢医科大学神経内科
神経内科 2012;77:109-13.に掲載されました。
フィンゴリモドは冬虫夏草の培養上清由来の化合物であり、強力な免疫抑制作用を有する薬物である。フィンゴリモドは、ケモカイン受容体であるCCR7を発現しているリンパ球、すなわち抗原に暴露されていないナイーブT細胞やセントラルメモリーT細胞(central memory T cells: Tcm)および一部のB細胞に作用し、これらの細胞をリンパ節に滞留させることで、病変部位への炎症惹起性リンパ球の動員を妨げるとされる。CCR7を発現していないエフェクターメモリーT細胞(effector memory T cells: Tem)には作用しない1)。多発性硬化症(multiple sclerosis: MS)患者の脊髄液中のT細胞はTcmであり、中枢神経内で増殖し、病変を形成する細胞に分化するといわれる2)。また、MSの病因に関与しているとされるTh17がTcmに含まれていることも本剤が効果を示す理由とされる3)。
フィンゴリモドはMSで適応が認められた初の内服薬であり、2011年11月に国内で発売された。本剤では心臓への作用により突然死の報告もあるため、適応には充分留意するべきであると考えられる4)。
本研究ではフィンゴリモド投与の際にリンパ球サブセットを解析する場合、検査機関ではルーチンには行われていないCCR7発現細胞の代わりに、細胞接着分子の一つであるL-セレクチン(CD62L)発現細胞を検索することで充分に代用できることを確認したので報告する。
対象と方法
フィンゴリモドが投与された対象患者の投与理由は以下の通りである。
- 症例1
40歳、男性。MSの再発はないものの、投与前1年間に1ヶ月以上の間隔で施行した8回の脳MRIのうち6回に多発性の造影病変が出現した。
- 症例2
35歳、女性。IFNβ1a治療中だったが1年間に2回再発した。
- 症例3
28歳、女性。他院でIFNβ1bによる薬疹が出現したため治療が中止された。
- 症例4
25歳、女性。IFNβ1a治療中だったが1年間に2回再発したためナタリツマブ治験に参加していた。すでにオープン試験に入り実薬が投与されていたが、2-step assayによるELISA5)で抗JCウイルス(JCV)抗体が陽性であり、加えて転居のため治験の継続が困難となったため、投与を開始した。
- 症例5
71歳、女性。IFNβ1b治療中に脳MRIで多発性の造影病変を伴う再発が出現した。
- 症例6
31歳、男性。IFNβ1b治療中に3回再発し、うち2回は脳と脊髄に多発性に造影病変が出現した。さらに、全身痙攣も呈したためIFNβ1bを中止してONO4641の治験に参加していた。突然、転居することとなり、8ヶ月で治験を中止して本剤へ移行した。
この6例の年齢は25から71歳(平均値ア標準偏差値は33.0ア16.8歳、中間値:33歳)、男性1例、女性4例で、発病から1年7ヶ月から14年(7.9ア5.7年、8年6ヶ月)を経た再発寛解型MSである。いずれも経過中に2回以上の増悪があり、2ヶ所以上の中枢神経の脱髄病変によると思われる症状を経過中に呈した。等電点電気泳動により三菱化学(東京)で測定した脳脊髄液中のオリゴクローナルバンドは5例中4例が陽性で、KurtzkeのExpanded
Disability Status Scale(EDSS)は2から6.5(2.8ア1.8、2)であった。徐脈を呈しうるβ遮断薬やカルシウム拮抗薬などは内服していなかった。全例で血中の抗アクアポリン4抗体は陰性で、脊髄MRIでは3椎体以上に連続する脊髄中央部の病変はなかった。
フィンゴリモド投与前に不整脈や糖尿病の有無、また女性の場合は妊娠の有無を確認し、2泊3日の入院の上、投与した。直前に採血検査を行った後、午前9時に内服し、心電図を連続モニターしながら1時間毎に24時間の脈拍数を記録した。
末梢血リンパ球サブセットはリンパ球細胞表面マーカーをfluorescence-activated cell sorting (FACS)で解析した
(ビー・エム・エル、東京)。CCR7の代わりにリンパ節へのホーミングに関与するCD62L(細胞接着分子の一つであるL-セレクチン)に対する抗体を用い、CD4
(ヘルパーT細胞), CD8 (細胞傷害性T細胞), CD19 (B細胞)との2重染色でfluorescence-activated cell
sortingにより解析した。CD4+CD29++ (helper inducer T細胞)とCD4+CD45RA+細胞(suppressor
inducer T細胞)についても検討した。投与8時間後のみ17時に採血したが、それ以外は9-11時に採血し、採血時間以外の測定条件は同一である。
結 果
有害事象で最も問題とされているのは心臓への影響である。投与直後の8時間以内に徐脈を呈した例はなかったが、午前3-5時に6例中2例(症例2と5)で43と44/分(投与直前の脈拍数に比しそれぞれ63.2と60.3%に減少)になった。心伝導ブロックはなかった。この2例では併用薬はなかった。徐脈は一過性で、覚醒させる必要もなく、朝には自然に回復した。この2例については1ヶ月以上経過した時点で24時間モニターを再検したが、脈拍が45以下になることはなかった。
症例6では一過性に下痢が認められた。それ以外に副作用はなく、観察期間中の4-12週間に再発はなかった。
6例の投与直前のリンパ球数は863から2760/μl (1654±661、1506)で、投与8時間後には800から1430 (1121±269、1119)に減少した。投与前と投与8時間後の変化について、Wilcoxonの符号付き順位検定で有意差検定を行なった(p=0.028)。うち3例では、まだ血中濃度が定常状態には達していない3週後にさらに308
(投与前値の23.7%)、344 (25.4%)、555 (27.8%)にまで低下した。投与前のリンパ球数が863だった、症例4ではたまたま測定した投与2週後に176
(投与前の20.4%)にまで低下したが、フィンゴリモドを週2回の内服とし、3週間後には319 (37.0%)にまで回復した。
2012年1月中旬までに投与された連続5例について(投与3週後のデータは最初の4例のみ)、リンパ球サブセットを検討した。投与直前に対し、投与8時間後ではCD4+CD29+
(p=0.080)を除くすべての分画で減少が認められた(Table 1)。CD4+CD62L+細胞は投与前(516±257/μl)に比し8時間後(230±78)には有意に減少した(p=0.043)。CD8+CD62L+細胞、CD19+CD62L+細胞、CD4+CD45RA+細胞でも、それぞれ有意に減少した(p=0.043,
0.042, 0.043)。定常状態に達していない3週間後でも、CD62L陽性のCD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞、B細胞だけでなく、CD4+CD29やCD4+CD45RA+T細胞は、末梢血中からほぼ消失した(Table
1)。薬剤の投与間隔を開けリンパ球数が176から投与3週後に319へ部分的に回復した症例4でも、他の患者と同様にリンパ球サブセットの減少は顕著で、CD62L陽性のCD4陽性T細胞、CD8陽性T細胞、B細胞はそれぞれ投与前の311、78、73から3週後には10、25、5に減少しており、CD4+CD29+やCD4+CD45RA+T細胞も投与前の243から19、213から8へ激減した。
考 察
フィンゴリモドの承認をする際に米国食料医薬品局(FDA)は適応に条件を付けなかったが(http://www.accessdata.fda.gov/drugsatfda_docs/label/2011/022527s002lbl.pdf)、欧州医薬品庁(EMA)は承認当初からIFNβ製剤でも疾患活動性を抑制できない患者、あるいは再発の多い患者に投与を限定するよう勧告していた
(http://www.ema.europa.eu/docs/en_GB/ document_library/Summary_of_opinion_-_Initial_authorisation
/human/002202/WC500101043.pdf)。
内服薬であるため、患者にとっては有益ではあるが、有害事象だけでなく、長期投与による影響が判っていないことも投与には慎重を要すると考える一因である。われわれは無条件に第一選択薬として投与する薬剤ではないと考えており、EMAとは別個に検討した本剤の適応条件を提案した6)。
今回、フィンゴリモドが投与された理由は、6ヶ月以上のIFNβ治療で効果がなかったと考えられる、breakthrough disease7)が4例、IFNβ投与困難が1例、抗JCV抗体陽性でナタリズマブ治験中止が1例であった。国内では2種類のIFNβ製剤しかないため、これらに対して充分な治療効果が望めない場合、あるいはIFNβ製剤が投与できない場合にフィンゴリモドの適応が考慮されると考えている。
今回フィンゴリモドが投与された症例では、従来の報告同様8)、投与8時間後という短時間のうちにリンパ球が減少した。しかもL-セレクチンを発現しているT細胞だけでなく、B細胞の減少も確認された(Table 1)。この変化は顕著で、リンパ球総数の変化以上であり、B細胞も含めてCD62Lを発現しているサブセットが末梢血中からほぼ消失するほどに減少していることが判った。なお、フィンゴリモド投与後のリンパ球サブセットの変化を検討する場合、CCR7に対する抗体を使用しなくとも、CD62Lに対する抗体で概ね代用できることが示され、商業ベースの外注検査が可能であることが判明した。CCR7とCD62L発現細胞の分画はほぼ重なるものの、CD62Lのほうがより発現分布が広範囲で、TcmとTemの分離にはCCR7よりも有用であるという指摘もある9)。
末梢血のリンパ球数だけでなく、サブセットを解析することで免疫担当細胞の動態を一層正確に解析できると考えられた。
まとめ
フィンゴリモドを投与した多発性硬化症患者末梢血リンパ球サブセットについて報告した。従来、CCR7がフィンゴリモド投与後に末梢血から消失するリンパ球の指標として使用されてきたが、CD62L (L-セレクチン)でも充分代用できることが示唆された。
本研究は、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「免疫性神経疾患に関する調査研究」班(主任研究者:楠 進近畿大学神経内科教授)の助成を受けた。
文 献
- Hla T, Brinkmann V. Sphingosine 1-phosphate (S1P). Physiology and the effects of S1P receptor modulation. Neurology 2011;76 (Suppl 3):S3-S8.
- Kivis殻k P, Mahad DJ, Callahan MK, et al. Expression of CCR7 in multiple sclerosis: implications for CNS immunity. Ann Neurol 2004;55:627-38.
- Mehling M, Lindberg R, Rauf F, et al. Th17 central memory T cells are reduced by FTY720 in patients with multiple sclerosis. Neurology 2010;75:403-10.
- 田中正美、朴 貴瑛、本山りえほか。多発性硬化症へのフィンゴリモド治療-どのように使用するか?神経内科.
- Gorelik L, Lerner M, Bixler S, et al. Anti-JC virus antibodies: implications for PML risk stratification. Ann Neurol. 2010;68:295-303.
- 田中正美、越智香保. 多発性硬化症へのフィンゴリモドの適応条件。神経内科 2011;75: 304.
- Rudick RA, Polman CH. Current approaches to the identification and management of breakthrough disease in patients with multiple sclerosis. Lancet Neurol. 2009;8:545-59.
- Kovarik JM, Schmouder R, Barilla D, et al. Single-dose FTY720 pharmacokinetics, food effect, and pharmacological responses in healthy subjects. Br J Clin Pharmacol. 2004;57:586-91.
- Yang S, Liu F, Wang QJ, et al. The shedding of CD62L (L-Selectin) regulates
the acquisition of lytic activity in human tumor reactive T lymphocytes.
PLoS One 2011;6:e22560.