20.多発性硬化症へのFingolimodの適応条件
  indication of Fingolimod in patients with multiple sclerosis.

田中正美**、越智香保***
** Masami TANAKA, M.D: 国立病院機構宇多野病院MSセンター (〒616-8255 京都市右京区鳴滝音戸山町8); Department of Neurology, Utano National Hospital, 8 Ondoyama, Narutaki, Kyoto 616-8255, Japan.
*** Kaho OCHI: 国立病院機構宇多野病院薬剤科 Department of Pharmacy

神経内科; 2011:75:304.に掲載されました。
以下は、短縮化する前のオリジナルの原稿です。

Fingolimodが内服薬のトップを切って、いよいよ国内でも今秋には発売される予定です。Fingolimodはスフィンゴシン-1-リン酸(S1P)受容体調節剤で、リンパ球S1P1受容体に結合してリンパ組織からのS1P1依存性リンパ球移出を阻害することで流血中リンパ球数を減少させる薬剤です。  

リンパ球は死滅しないので、インフルエンザのようなワクチン接種による抗体は産生されますが、炎症部位へリンパ球は動員されないため、抗HIV、抗HTLV-1陽性、B型・C型肝炎キャリア、生ワクチン接種は禁忌ですし、ヘルペス感染症が2-9%に起こるとされ、TRANSFORMS試験では2/1292例死亡しています1)。視神経脊髄炎(NMO)は現在のところ、禁忌と考えておいた方がよいようです。Natalizumabのように中止により、年間再発率が投与前に戻る危険性は本当にないのでしょうか。  

本剤はカンナビノイド受容体アンタゴニスト2)の作用があり、この作用のある肥満治療薬が2008年に鬱の副作用で発売が中止されました。本剤は正常の血液脳幹門さえ通過できることから、今のところ鬱の副作用は注目されてはいませんが、今後、注意が必要かもしれません。ホスホリパーゼA2阻害作用3)もありますので、抗炎症作用による疾患活動性への抑制が期待できます。セラミド合成酵素阻害剤4)としての作用がどのような影響をもたらすのかは不透明で、同じ部位を阻害する、Fumonisin B1はマイコトキシンの一種で、動物に投与すると、ウマ大脳白質軟化症やブタ肺水腫を起こすそうです。ただ、これらはカビ毒本来の作用なのかもしれません。  

これら未解明の作用もあることや欧米でも発売されたばかりなので、注意深い観察が必要と考えられます。米国では適応制限は付けられませんでしたが、感染症のリスクのためかEUではインターフェロン(IFN)β治療でも活動性の高い患者あるいは年に2回以上再発する患者に投与するべきという第2選択薬剤に指定されました。  

欧米の二つの臨床試験でNeuroprotectionが初めて証明された薬剤で、一日1回内服するだけの簡便な薬剤であり、単にリンパ組織にリンパ球を隔離するだけの作用ではない可能性もあって魅力的な薬剤です。個人的には以下のような選択基準を考えています。薬剤の効果が充分ではなく、変更する場合、第一選択薬同士間(IFNβ間および発売後はコパキソン:GAとの間)での変更はありえます。以下の4条件のいずれかの場合に投与を考慮し、内服薬で手軽ではあっても第一選択薬としては避けてはどうでしょうか。

1). 発症から3年以内でblack holesの存在. *
2). 直近1年の年間再発率(ARR)≧2.0 *
3). IFNβ (GA)治療でも、ARR≧1.0**
4). IFNβ (GA)治療で、0.5 ≦ ARR ≦1.0でも、Gd+病変(無症候性)が出現.**

* 第1選択薬の位置づけになります
** IFNβ(GA)開始6ヶ月以上で判断(投与3ヶ月未満での再発は除く)

本研究は、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「免疫性神経疾患に関する調査研究」班(主任研究者:楠 進近畿大学神経内科教授)の助成を受けました。

文 献

  1. Cohen JA, Barkhof F, Comi G, et al. Oral fingolimod or intramuscular interferon for relapsing multiple sclerosis. N Engl J Med 2010 ; 362 : 402-15.
  2. Paugh SW, Cassidy MP, He H, et al. Sphingosine and its analog, the immunosuppressant 2-amino-2-(2-[4-octylphenyl]ethyl)-1,3-propanediol, interact with the CB1 cannabinoid receptor. Mol Pharmacol 2006 ; 70 : 41-50.
  3. Payne SG, Oskeritzian CA, Griffiths R, et al. The immunosuppressant drug FTY720 inhibits cytosolic phospholipase A2 independently of sphingosine-1-phosphate receptors. Blood 2007 ; 109 : 1077-85.
  4. Berdyshev EV, Gorshkova I, Skobeleva A, et al. FTY720 inhibits ceramide synthases and up-regulates dihydrosphingosine 1-phosphate formation in human lung endothelial cells. J Biol Chem 2009;284: 5467-77.