18.日本人多発性硬化症・視神経脊髄炎患者の死因
  Causes of death in Japanese patients with multiple sclerosis and neuromyelitis optica

田中正美**、高坂雅之**、田原将行**,松井 大**1)、田中恵子***
**Masami TANAKA, M.D., Masayuki KOUSAKA, M.D., Masayuki TAHARA, M.D., Masaru Matsui, M.D.
国立病院機構宇多野病院MSセンター
(〒616-8255 京都市右京区鳴滝音戸山町8);
Department of Neurology, Utano National Hospital, 8 Ondoyama, Narutaki, Kyoto 616-8255, Japan.
***Keiko TANAKA, M.D.
金沢医科大学神経内科
Department of Neurology, Kanazawa Medical University
1) 現:大津赤十字病院神経内科
神経内科 2011;74:604-6に掲載された。

多発性硬化症(MS)の治療は、この数年で大きく変化した1)。視神経脊髄炎(NMO)の概念が確立されて、従来MSとひとくくりにされてきた一群から分離されるようになった。NMOではステロイドや免疫抑制剤を積極的に投与するようになって劇的に再発回数が減少し、MSではFingolimodやNatalizumabの治験が施行され、今後MS/NMOの経過・予後が異なって来る可能性がある。そこで,治療環境が変化する前に死亡したMS/NMO患者の死因を解析した。

方 法

2006年から2008年にかけて従来のMSの診断のもと当院で死亡した7名の患者を対象にした。全例女性で死亡時年齢は55から79歳(平均値±標準偏差は61.7±8.0、中間値:59歳)で、罹病期間は1から13年(7.7±4.3、中間値:8年)であった。

結 果

3椎体以上に連続する脊髄病変(Long spinal cord lesion: LCL)は7例全例で認められ、アクアポリン4抗体2)は5例中3例で陽性で、全例NMO3)であった(表1)。  

人工呼吸器は4例に装着され、うち2例で呼吸中枢を含むと考えられる延髄病変が認められた。装着期間は15から156ヶ月で、3例は3年以下であった。156ヶ月と長かった例は人工呼吸器装着後も視神経炎や意識障害増悪を反復し、3年3ヶ月後(死亡2年8ヶ月前)に脳幹反射が消失するまでに10回ほど再発した。  

人工呼吸器装着例のうち2例は肺炎 (Case 2, 4)、ほかはそれぞれ急性胆嚢炎(Case 5)と心不全(Case 6)で死亡した。非装着例では,1例は軽い肺炎による喀痰による窒息(Case 3)、1例は再発による急性の呼吸不全と考えられた例(Case 7)、1例は非ケトン性高浸透圧性糖尿病性昏睡を反復して死亡した(Case 1)。  

156ヶ月間という長期呼吸器装着例では脳幹反射消失後、再発の有無が判定困難となり、死亡と疾患活動性との関連は不明であった(Case 6)。今日ではNMOでインターフェロン(IFN)β治療をすることはないが、この頃、まだ完全には中止してはいなかった4)。ほかの6例中3例 (Case 1, 4, 6)でIFNβ1bが投与されていたが、死亡前半年以上再発はなく、非投与群も含めて死亡と再発との関連はなかった。投与前にすでに高頻度の再発やLCLや延髄病変による高度の神経障害があり、長期臥床状態になっていた。この頃はまだステロイドを充分量投与してはおらず、4例では死亡時にステロイドが内服投与されていたが(Case 2, 3, 5, 6)、10mg/日以下と少なく、免疫抑制剤の併用もなく、真菌やpneumocystis cariniiといった日和見感染症は認められなかった。

考 察

年間に死亡した患者全例がNMOであった。MSでの長期臥床患者がいなかったことより,従来の治療下にあったMS/NMOではNMOのほうが重篤な経過を辿ったと思われる。欧米でのMSの死因に関する報告は数多いが、過半数がMS関連死で、感染症が死因のトップを占め5)、事故による死亡や自殺率が高い6)。  

一方、NMOの死因としては呼吸不全が50-100%を占め7)-9)、カリブ海周辺住民で調査された24例(25%)では,死亡例のうち2例では重篤な低Na血症や抗利尿ホルモン不適合分泌症候群といった視床下部病変によると推察される原因で死亡している8)。  

NMOでは高位頚髄から延髄へ伸張する病変が認められ、この病変が呼吸中枢を障害すると急性呼吸不全となって死亡する可能性が高い10)。この時点で人工呼吸器を装着することで死亡を防ぐことはできるが、今回の結果からは必ずしも予後は芳しくないことが示唆された。144例のALS死亡例と比較すると、59歳以下の患者で人工呼吸器装着後の生存期間は67.2±55.8ヶ月(2週間から189ヶ月)で、NMOのほうが短い傾向だった11)。NMOで人工呼吸器を装着していてもALSほどの生存期間は得られない可能性が示唆されたが、ALSより病変が広範囲で障害の範囲が広いことによるのかもしれない。NMOでの早期診断・治療の必要性が強調されているが、今後は免疫抑制療法による長期的な影響についても無視できなくなると思われる。

本研究は、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「免疫性神経疾患に関する調査研究」班(主任研究者:楠 進近畿大学神経内科教授)の助成を受けました。

結 語

2006年から2008年にかけて、当院で死亡したMSおよびNMO患者の死因について解析した。全員がNMOであった。脳幹病変による呼吸中枢障害が経過や生命予後に大きな影響を与えることがあらためて示された。この時期は、まだ充分な免疫抑制療法が行われていなかったためか、日和見感染症による死亡例はなかったが、今後、増加する可能性があると思われる。

文 献

  1. 田中正美、松井 大:NMOの治療の実際と問題点。Brain Medical 200;22:353-8
  2. Tanaka K, Tani T, Tanaka M, , et al. Anti-aquaporin 4 antibody in Japanese opticospinal multiple sclerosis. Mult Scler, 13:850-855, 2007.
  3. Wingerchuk DM, Lennon VA, Pittock SJ, et al. Revised diagnostic criteria for neuromyelitis optica. Neurology 2006 ; 66 : 1485-1489.
  4. Tanaka M, Tanaka K, Komori M. Interferon-beta(1b) treatment in neuromyelitis optica. Eur Neurol. 2009;62(3):167-70
  5. Smestad C, Sandvik L and Celius EG. Excess mortality and cause of death in a cohort of Nowregian multiple sclerosis patients. Mult Scler 2009;15:1263-70
  6. Bronnum-Hansen H, , Koch-Henriksen N and Stenager E. Trends in survival and cause of death in Danish patients with multiple sclerosis. Brain 2004;127:844-50
  7. Wingerchuk DM, Weinshenker BG. Neuromyelitis optica. Clinical predictors of a relapsing course and survival. Neurology 2003;60:848-53
  8. Cabre P, Gonzalez-Quevedo A, Bonnan M, et al. Relapsing neuromyelitis optica: long term history and clinical predictors of death. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2009;80:1162-4
  9. Papais-Alvarenga RM, Miranda-Santos CM, Pucciono-Sohler M, et al. Optic neuromyelitis syndrome in Brazilian patients. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2002;73:429-35
  10. Misu T, Fujihara K, Nakashima I, et al. Intractable hiccup and nausea with periaqeductal lesions in neuromyelitis optica. Neurology 2005 ; 65: 1479-82.
  11. 田中正美(共同研究グループ代表):筋萎縮性側索硬化症の死因-国立病院機構内での検討-。神経内科, 63(2):170-4, 2005.