16.ECTRIMS2010報告

26th Congress of the European Committee for Treatment and Research in Multiple Sclerosis (ECTRIMS)と15th Annual Conference of Rhehabilitation in Multiple SclerosisがSwedenのGothenburgで2010年10月13-16日に開催されました。

空港を降りますと、ボルボの新車が”the city of VOLVO”と出迎えます。本社を要する、人口50万の「城下町」。この街は複数のスペルがあるようで、英語ではGothenburgあるいはGoteborgと書きます。地元のProf Andersen (アンダーセンと紹介されていましたが、アンデルセンというほうが日本人には馴染み深いですね)は英語でゴーセンバーグとおっしゃってました。スウェーデン以外の空港に勤務するヨーロッパ人たちはゲーテボルクとドイツ風に呼んでいる人が多いようでした。日本語の観光ガイドなどでは、ヨーテボリとか、イエーテボリとか書いてますね。地元の人の中にはゲーテボルグというヒトも。ホテルのフロントで夜勤をしていたヒトに国の言葉でなんて言うのかと聞いたら、なんと!「ジェーテボリ」と答えました。こっちからも発音をして確かめたので正しいのでしょう。もう、「ギョーテとは俺のことかとゲーテ言い」状態。亜熱帯の日本から来ますと、最高気温が10℃ちょっとなので、京都から一気に15℃ほど気温が下がります。コートなしでは外は歩けません。時間によっては吐く息が白くなる、と言っていた福岡からの日本人研究者も。これでもまだサマータイム。  

ECTRIMSは、毎年1000近い演題を集めて開催される、世界最大のMSの学会です。3年ごとに北米のACTRIMSと合同会議を行っていて、来年は欧州の当番で、Amsterdamで9月19-22日に開催されます。括弧内は口演あるいはポスター(P)番号を示します。必ずしも抄録と数字が同じとは限りません

Natalizumab

Natalizumabについてまとまった紹介がありました。すでに50ヶ国以上で販売されていて、2010年6月末までで71000名以上に投与され、9月2日現在68例のPMLが知られています。68例の79%が生存。死亡例と非死亡例との比較を行っていて、どういう患者さんが死亡しないかについて検討されています。CSF中のJCV DNA levelが低いほうが予後が良い、と。死亡しなかった患者さんの特徴は、診断時の年齢が若い、PML発症前の障害度が低い、脳MRIで局所病変がない、PML関連の症状出現から診断までの期間が短い。(#112)

Natalizumabを中止した連続28例の活動性についてフランスから報告。中止の理由としては、
Drug holiday 64%
Side effects 14
Desire of pregnancy 11
Patient decision 11  
年間再発率は治療前12ヶ月が2.2で、治療中は0.1に著減していますが、中止6ヶ月後は1.7と急増。前と治療中および治療中と後はそれぞれp<0.0001と有意。  

13例で検討した造影病変数の推移も顕著な変化で、前が12、治療中が1、後が9で、前の2者はp<0.0001。後2者はp<0.001で有意な差。怖いくらいの変化です。  

reboundが徐々に出現することは次の再発のない患者の割合の推移が解りやすいでしょう。
中止1ヶ月後 100%
中止2ヶ月後 96
中止3ヶ月後 82
中止4ヶ月後 71
中止5ヶ月後 53
中止6ヶ月後 36  
2ヶ月後までは我慢できそうです。3ヶ月経過すると、Natalizumabの血中濃度がゼロになることと関連していることが示唆されます。    (#394)  

Natalizumabを中止したままにするとリバウンドする危険がありますが、イタリアMilanのProf. Comiらは中止後にDMTを始めれば再発をある程度抑制できることを示しました。中止した15例中13例でDMTを投与 (10例がCopaxon, 3例がIFNβ)すると、再発したのは4例 (30.7%)に留まりました。しかし、脳MRIでは6/13例 (46.1%)でactivityが認められ、3例では2-3個の造影病変が認められています。   (#433)  

6-25ヶ月間すでにIFNβ1a (Rebif)あるいはGA投与されているRRMS患者1800例を対象に48-96週間のNatalizumab治療へswitchする、SURPASS studyが北南米、欧州、ロシア、オーストラリアなど25ヶ国、250医療機関で始まっている、という報告がありました(P408)。適応条件の中に、少なくとも6ヶ月以上治療しているにもかかわらず、12ヶ月以内にdisease activityが認められること、という条件があるのですが、このdisease activityの定義が変わっていて、1回以上の臨床的再発あるいは2つ以上の新しい脳病変(造影病変 and/or T2病変)がMRIで認められることとあり、再発と2つ以上の新病変が同等の取り扱いになっていることが注目されます。全く治療しないplaceboというのは次第に臨床治験としてはやりにくくなってきていて、switchやadd on studyだけでなく、対照試験でも次第にIFNβ1aを基準薬とする傾向が出てきているように感じられます。  

Biogen Idecが取り組んでいる、抗JCV抗体測定系の開発が報告されました。(#138) 
彼らはtwo step ELISAを開発。これにより感度が上昇し、尿中JCV DNA陽性患者204例中false negativeは2.5%のみ。抗体陽性率は一般のSweden人対象では60.6%、(数字がポスターと口演で異なりますが)AFFIRM studyで43-51%。健康人の概ね48-61%で陽性。女性で頻度が少ない傾向があり、50歳以上の健康人で抗体陽性率がやや上昇。免疫抑制剤投与歴やNatalizumab投与の有無で抗体陽性率は影響されないので、これらによりJCVに新たに感染するリスクは少ないのでしょう。Natalizumab治療中にPMLを発症した20例全例がPML診断前の血清で抗体が陽性。

LassmannらはNatalizumabに対する中和抗体が出現すると、MSのparadoxical activationが出現することを報告。彼らの作業仮説は、抗体が過剰になるとTysabriだけでなく、VCAM-1にも結合して補体が活性化され、BBBが破壊されlarge lesionsが出現するのではないか、というもの。(#397)  

イタリアでの34例のMS小児例に対するNatalizumab投与報告がありました(#437)。
enroll基準自体は通常のclinical trialと同じですが、PMLのriskのため、Natalizumab適応条件が厳しいです。  

ヨーロッパ、ロシア、北米でRRMSを対象に実施された、抗α4 integrinの内服薬(Firategrast)のPhase II studyの結果が紹介されました。Placebo, 150mg, 600mg, 900/1200mg bid (一日2回内服)の4群間比較で24週間。Primary endpointは毎月のMRIで新造影病変数。結果は900/1200mg群のみ他の3群よりnew Gd+ lesions が低下(p=0.0026)。各群の新造影病変数は・・・

 placebo  150mg  600mg  900/1200mg
 5.31  9.51  4.12  2.69

中止してもリバウンドはなかったそうです。平均再発回数では有意差なし。感染症など有害事象もplaceboと差なし。Oral toleranceの危険性については不明だそうな。  (#113)

Mitoxantrone

イタリアでMitoxantrone (MITX)を投与された3320例のまとめが報告されました。対象患者はRRMSが1411例 (44%)、SPMSが1566例 (47%)。平均投与量は65mg/m2. 30例でAMLが発症。うち2例では他の免疫抑制剤の投与歴がありました。計算上、9.3 AML/1000 MS patientsで1AML every 107 patients。0.19AML (IC 95%: 0.14-0.28) per 1000 patient-yearだそうな。AML発症例と未発症例とで総投与量に差はわずかで、AML発症例では78mg/m2、AML未発症例では64.7mg/m2 (p=0.028)。最初の投与からAML診断までの期間(本当は発症までなのでしょうが,実際は困難)は、中間値で33.3ヶ月(13.3-84.2)。最後の治療からは平均値と標準偏差が18.2 ± 15.9 (0-58.2)、30例中11例が死亡(36.7%)。  (#480)

Cladribine

CladribineのPhase III study CLARITYでherpes zosterが20/884例で認められています。播種例はなし。これにより、EUでの発売が困難になったようです。

Teriflunomide

dihydro-orotate dehydrogenase (DHO-DH) inhibitorで、pyrimidine合成をブロックすることで自己反応性のTおよびB細胞を抑制します。Phase III trial (TEMSO) studyが知られています。各群360例ほどのplacebo、 7mg、14mg群の2年間の比較対照試験。Placeboに比し、造影病変数、造影病変のない患者の割合、T1低信号病変容積の変化でいずれの治療群でも有意に効果が認められ。造影病変数ではそれぞれ57.2% (p<0.001)、80.4% (p<0.001)低下。T1 hypointense lesion volumeの変化でも増加の割合がそれぞれ17.7% (これは有意差なし)、31.3% (p<0.0161)に低下。また、同薬剤による8年間のオープン継続投与の結果も報告され、7mg (49例)、14mg (36例)ともスタート時の36週間のplacebo対照Phase II試験(Neurology 2006;66:894-900)の際の有害事象と変わらず、長期投与での安全性が証明されました。7mg群で5例の悪性腫瘍が見出されていますが、なにより感染症のリスクがないことが良かったですね。また、IFNβ(多分1a)やGAへの6ヶ月間のadd on study (#129)も行われ、IFNβ単独に比し、24週、48週とも造影病変数では7mg、14mg群とも80%以上の抑制が認められ、GAへのadd onでは12ヶ月後の年間再発率が単独群、7mg、14mg併用群でそれぞれ0.343、0.231,0.144と低下。

Fingolimod

1年間のIFNβ1a (Avonex)を対照とした、0.5mgと1.25mg FingolimodのRCT試験 (TRANSFORMS)の対照群をさらに0.5mgと1.25mg群とにわけて2年間のextension studyの結果が報告されました(P812)。ARRはdelayed群よりearly治療群のいずれもが有意に抑制されていて、早期からの治療の有効性を示唆。造影病変数は3群とも0.1とか0.2と抑制されていますが、T2新病変あるいは拡大病変数はearlyとdelayedで有意差あり(p<0.05)。治療群間では差なし。重篤な感染症はありませんが、気になるのは皮膚の癌が0.5mg群で8例、1.25mg群で4例あったこと。それぞれの群の2例ずつが2年目に発見されています。ほかに、乳癌と卵巣癌が1例ずつ0.5mg群に2年目に発見されています。
治験が違いますが、placeboを対照としたFREEDOMS試験では全くなかったことなので、注目されます。FREEDOMS studyではARRはplaceboよりいずれの用量でも60%以上の抑制率がありましたし、脳容積の減少率でもFREEDOMS、TRANSFORMSとも対照群より抑制されていました(p<0.001)ので、内服薬でもありますし、期待されているので有害事象は気になるところです。リンパ球サブセットの変化としては、naive T cells (CCR7+CD45RA+)やcentral memory T cells (CCR7+CDRA-)が減少し(p<0.001)、effector memory T cells (CCR7-CD45RA- and CCR7-CD45RA+)が著明に増加しました(p<0.001)。(サテライトシンポジウムより)  

Fingolimod治験中にHSEとdisseminated varicella zosterで各々1例ずつ死亡例があり注目されています。vaccination後、リンパ節から末梢循環へmemory T cellsが出て行くはずですが、FTY720ではここがブロックされます。そこで、インフルエンザワクチンをFTY720投与中の患者に接種して抗体をチェック。すると、健康人と同じように、抗体産生はIgMもIgGも認められました。ま、これはリンパ節でも抗体は産生されるでしょうから当然でしょうね。ウイルスによって防御機構に差違はあるでしょうが、抗体が主体ならFTYでも怖くはないような気がします。CD8はあまり減少しませんが、CD4がウイルス感染防御に重要な役割を果たしているようならちょっときついですね。   (#96)  

Prof PolmanはFingolimodについて触れ、FTYは内服後4-6時間でリンパ球が減少し、1-2週でプラトーになり、中止すると4-6週で回復。TRANSFORMS試験で2例ヘルペスで死亡したことが紹介されました。ヘルペスウイルスの活性化は臓器移植の分野では注目され始めています。また、以前から報告されていますが、FTYの受容体は神経細胞やastrocytes, microglia, Oligodendrogliaに発現していて、FTY自体もBBBを超えるので、これらの細胞に作用して、神経保護作用やoligoの生存延長作用などが報告されています。  (#111)

Fingolimod (FTY720)はSIP1, 3, 4, 5, に作用しますが、最近、MS患者CSFでSIPが増加していること、SIP1, 3がMS病変部のastrocytesで高発現していることが報告されていると紹介されました。(#131)  2600例以上、うち2000例以上は60ヶ月治療している患者での有害事象の検討結果が報告されていて、悪性腫瘍は少なく、感染症も有意ではありませんでした。ただ、1.25mg群で徐脈や期外収縮の頻度が高く、0.5mgがbest benefit-to-riskと考えられました。(P843) Phase IIIのFREEDOMS trialでは、24ヶ月後のplaceboに対する年間再発率の低下が0.5mg群と1.25mg群でそれぞれ男性患者で67、63%、女性患者で50、60%と性差はなく、baselineでのEDSSが3.5以下群でも3.5-5.5群でも抑制率は同じで、IFNβより効果があることが判りました。 (P434) (#132)  

オランダのBarkhof教授は治験での脳MRIについて触れ、CISの段階から脳萎縮が始まっていることを改めて強調。しかし、治験で証明されているのはIFNβ1aのみ(Lancet 2004)で、最近のtrialではFingolimodが唯一。mean brain volumeで有意差があり、24ヶ月のFREEDOMSでも12ヶ月のTRANSFORMSでも証明。IFNβ1aの場合、12ヶ月までplaceboよりは良いが、0.2-0.4% per yearという健康人の変化にわずかに及ばないが、Fingolimodは明らかに効いている。 (#133)  

Alemtuzumab

抗CD52ヒト化モノクローナル抗体であるAlemtuzumab (Campath-1H)を用い、RRMSを対象にIFNβ1a (Rebif)を対照とした3年間のRCT試験 (CAMMS223)が行われました。この薬剤は、最初の月に5日間連続で12mg/dayあるいは24mg/day静注され、12ヶ月後に3日間投与されました。optionとして一部で24ヶ月後に3日間投与されました。その結果、対照に比して74%も再発率が低下しました(p<0.001)。(NEJM 2008;359:1786-801)今回、5年後の成績が報告されました(P410)。5年間の年間再発率が対照群の0.35に比して0.11に低下し、EDSSはbaselineからの変化が対照群の+0.46に対して-0.30でした。有害事象は以前から知られている、抗甲状腺抗体の出現で3/216例がGraves’ ophthalmopathyに。また、6例がITPになって、1例が死亡。残りの5例のうち、1例は治療が不要で、4例は治療により後遺症なく改善。今回、抗Glomerular Basement Membrane Diseaseが報告されました。治験内で1例、治験外で2例発見されています(NEJM 2008;359:768-9)(P421)。さまざまな程度の腎障害と肺出血をきたす病態で、Goodpasture’s syndromeのこと。target antigenは、α-3 chain of type IV collagen。CAMMS223のsubgroup studyとして、highly active RRMSだけを抽出して解析した結果がDr Wingerchukから報告されました(P429)。highly activeの定義は、治療開始前1年間に再発が2回以上、かつ少なくとも1個以上の造影病変の存在。全体の約半数がこの定義に該当したんだそうで、オリジナルの治験の患者さん達の活動性の高さが推測されます。2種類の用量の合計(pooled dose group)でIFNβ1aと比較すると再発が81%抑制され、3年後のdisability freeの患者の割合が対照群73%に比して91%と抑制されていました(p<0.0045)。EDSSでも対照群では+0.45と増悪しましたが、治療群では-0.53と改善。

Ocrelizumab

ヒト化抗CD20であるOcrelizumabのPhase IIの結果が報告されました。GenentechとBiogen Idecの共同事業。RituximabよりADCC作用が強いそうです。24週間投与。

   Placebo  600mg  2000mg  IFNβ1a
 n  54  55  55  54例
 Gd+ Pts %  21  26  24  17%
 Relapses/3 yrs  2.7  2.9  2.8  2.5

24週後の結果は・・・

 Gd+ lesions (median)  1.6  0  0  1.0

8週目でplaceboと差が出てくるそうな。

 年間再発率  0.635  0.125  0.169  0.352

原因不明ですが、2000mg群の中で投与直後にbrain edemaを起こしてherniationで1名死亡。そのためか、24週以降48週まで600mg以外の3群は1000mg投与でextension studyされています。   (#114)  

今年はインドネシアのバリで開催されましたが、2011年8月26-27日に京都でPACTRIMS(ECTRIMSのアジア・オセアニア版)が開催されます。暑い季節ですし、今年から始まった七夕の行事や五山の送り火も過ぎ、これといって特別な行事もない時期ですが,その分、ホテルはとりやすいと思います。是非、お誘い合わせの上、おいで下さい。

付表


 MSでのモノクローナル抗体を用いた治療 (注射薬)
 Drug  Target molecule  発現している細胞
 Alemtuzumab
(Campath-1H)
 CD52  全てのT, B, NK, 大部分のマクロファージ,
ほとんどの好中球以外の顆粒球,男性生殖組織
 Daclizumab  CD25 (IL-2Rα)  活性化されたT,regulatory Tなど
 Natalizumab  CD49d (VLA-4)  T, B, NK,
 Rituximab  CD20  形質細胞以外のB細胞
 Ocrelizumab  CD20(90%ヒト化)  形質細胞以外のB細胞
 Ofatumumab  CD20 (完全ヒト化)  形質細胞以外のB細胞


 MSでの内服薬
 Drug  Mechanism
 Cladribine  chlorinated purine analogue
 Cladribine  analogue of sphingosine
 BG00012  derivative of fumaric acid
 Teriflunomide  pyrimidine synthesis inhibitor