14.多発性硬化症とNeuromyelitis optica (NMO) spectrumで認められたアロディニア
Allodynia in multiple sclerosis and neuromyelitis optica (NMO) spectrum
本山りえ*,梅村敦史*,田中恵子**,田中正美*
神経内科, 2010;73:421-3.
[Rie MOTOYAMA, M.D., Atsushi UMEMURA, M.D. & Masami TANAKA, M.D.:
国立病院機構 宇多野病院MSセンター(〒616-8255 京都市右京区鳴滝音戸山8);
MS Center, NHO Utano National Hospital, Narutaki, Kyoto 616-8255, Japan]
**[Keiko TANAKA, M.D.:
金沢医科大学神経内科学(〒920-0293); Department of Neurology, Kanazawa Medical University,
Uchinada 920-0293, Japan]
神経因性疼痛時には痛覚過敏現象(hyperalgesia)やアロディニアが出現するが、2008年の国際疼痛学会で両者は完全に区別された。アロディニアは疼痛をきたさない触・圧刺激、ブラッシングあるいは温冷刺激で疼痛を生じるという現象をいい、末梢神経や脊髄障害で出現する。一方、hyperalgesiaは疼痛感受性が亢進する全てのタイプを総称する1).アロディニアは片頭痛やドクササコ中毒、ヘルペス感染症などでも出現するが、神経因性疼痛が稀ならず認められる多発性硬化症(MS)や視神経脊髄炎(NMO)では国内でアロディニアの報告がない。われわれは1ヶ月の間に相次いで温冷刺激によるアロディニアを経験し、この症候は決して稀ではないと考えられたので報告する。
症 例
症例1:30歳、女性
- 主訴:右下肢疼痛
- 家族歴、既往歴:特記すべきことはない。
- 現病歴:2006年3月20日、左前腕に火傷の後のような触ると痛い感じが突然出現し、26日には左下肢脱力が出現。近医で左上下肢深部腱反射亢進と左上腕から前腕外側にかけて触覚過敏があり、MRIでC4レベルの髄内腫瘤性病変を指摘されたが、無治療で症状は改善した。1ヶ月後のMRIでも同部位に造影効果があったため、3日間のステロイドパルスが施行された。その後、症状は左後頭部から頸部にかけての疼痛に変わった。
左後頭部から頸部・肩にかけて締め付けられるような感覚が持続するため、2007年12月に当院を受診した。 - 入院時所見:神経学的には、C3/4神経根領域の異常感覚の他に左上肢の深部腱反射亢進があるのみで、病的反射や他覚的感覚障害はなかった。
抗核抗体や抗甲状腺抗体など自己抗体は陰性で、髄液の細胞数、蛋白は正常で、IgG indexは0.58 (正常値は0.59以下) 2)であったが等電点電気泳動で検索したオリゴクローナルバンド(OCB)は8本陽性で、視力や中心フリッカー、視覚誘発電位、脳MRIは正常であった。退院後に抗アクアポリン(AQP)4抗体が陽性であることが判明した。
その後症状は安定していたが、2010年6月15日から右下肢のビリビリ感が出現し、同部位に冷たいものが当たると、痛みを感じるようになり再発を疑われて入院した。 - 入院後の経過:左下肢筋力低下はないものの深部腱反射は亢進し、Babinski徴候は陽性。右Th10以下の温痛覚障害があり、この領域全体でアロディニアが認められ、温刺激よりも冷刺激でより強く疼痛が誘発されシャワーを浴びられなくなった。MRIではTh3とTh10椎体レベルに淡い造影病変が認められた。ステロイドパルスでアロディニアを含む症状は軽減したが、アロディニアは完全には消失せず、Carbamazepineでは効果がなかった。ブシ末の効果が報告3)されているため、ブシ末を含む八味地黄丸料を投与したところ、アロディニアは3日後には完全に消失した。
症例2:32歳、女性。
- 主訴:左下肢疼痛。
- 家族歴、既往歴:特記すべきことはない。
- 現病歴:2009年7月、複視とふらつきで発症。このときに左前頭葉に造影病変を指摘されている。その後、無症候性のT2病変が同年10月に橋と側脳室周辺に、2010年6月には複数の両側大脳白質病変が出現した。4月に2週間ほど右上下肢筋力低下があったが、治療されず、7月8日に左下肢にシャワーを浴びると痛いことに気づき、翌日に当科を初診した。
- 受診後の経過:右上肢筋力低下、右上下肢と左下肢の深部腱反射亢進、右Hoffmann反射と両側Babinski徴候が陽性、左C7以下の温痛覚低下が認められた。脊髄液ではIgG indexが0.73と増加しており、OCBは3本陽性であった。C5レベルに造影病変があり、ステロイドパルスで症状は3日間で消失した。左下肢全体で認められたアロディニアは誘発される疼痛が温刺激より冷刺激でより強く、温度感覚が完全に判らなくなった時期には消失し、パルスで改善する過程で温度覚が判るようになった時点で一過性に出現した。本例はLCLや抗AQP4抗体は陰性で、脳MRIではovoid病変があり、古典型MSと考えられた。
考 察
アロディニアの発症機序は不明な点が多い。触刺激が疼痛を引き起こす機序として古くから指摘されているのは、触覚を伝えるAβ線維から痛覚を伝えるC線維へsproutingが起こるとされる4).脊髄で起きている現象として、脊髄後角ニューロンの興奮性の亢進、脊髄内での抑制性機序の機能不全、生理的反応を超えた興奮性機序の出現、痙攣性の興奮機序の連鎖が想定されている1).。
神経因性疼痛には、マスト細胞や好中球、マクロファージ、Tリンパ球、ミクログリア、アストロサイトの関与が指摘され、これらの細胞から放出される様々なサイトカインが互いの細胞に影響するだけでなく、神経細胞や神経線維に影響を及ぼしている5).アロディニアでは、脊髄病変部位のミクログリアが活性化し、細胞表面にイオンチャネル型ATP受容体が過剰に発現し、ATP刺激によりミクログリアから脳由来神経栄養因子(BDNF)が放出され、結果的にGABAニューロンが脱分極して疼痛刺激となってしまう、という仮説が提案されている6).MSやNMOでは病変部位のミクログリアの活性化は普遍的に認められるので、これをベースとして他の要因が加味するものと思われる。
自験2例が訴えた疼痛に共通した特徴は、青あざを押されたような痛みで、お湯のシャワーの飛沫が飛んでも痛いが、冷刺激よりも軽度と偶然にも同じ表現をしたことで、cold
hyperalgesia associated with cold hypoaesthesia7)が基本的な病像と思われる。この症状は、温覚低下の領域の全てあるいはあるレベル以下に出現したが、温度覚が完全に消失すると認められなくなる。これは動物モデルで末梢神経を傷害しすぎると、かえってアロディニアが消失する現象4)と類似しているように思われ、本症候の発現にはある程度の感覚神経の機能が残存している必要があることを示唆している。症例1の発病時の症状の詳細は不明だが、異なる病変によるアロディニアの可能性があり、再発性疾患ではアロディニアも再発する可能性がある。ブシ末はキンポウゲ科トリカブト属の塊根から調整され、強い鎮痛作用のあるアコニチン型ジエステルアルカロイドを含有し、アロディニアの動物モデルでも有効性が証明されている3).ヒトでも有効と思われた。これらの現象はアロディニアの病態を考慮する上で重要と考えられた。
ま と め
MSやNMOでは神経因性疼痛がしばしば治療上問題となる。アロディニアはシャワーを浴びることも困難にさせ、しばしば難治性であるが、ブシ末が有効と考えられた。
ブシ末に関する情報を提供して下さいました、東京薬科大学薬学部医療薬学科機能形態学研究室・馬場広子教授に深謝致します。また、本稿は,厚生労働省の「厚生労働科学研究費補助金」からの補助によった。
文 献
- Sandkuhler J. Models and mechanisms of hyperalgesia and allodynia. Physiol Rev 2009 ; 89 : 707-58.
- 田中正美,荒木保清,田中恵子.髄液IgG indexの日本人正常値.神経内科 2010 ; 72 : 337-8.
- 鈴木康之,譲原光利,加瀬義夫,ほか.ブシ末(調剤用)「ツムラ」(TJ-3023)の鎮痛および抗アロディニア作用.薬理と治療 2007
; 35 : 885-90. - 野島浩史,倉石 泰.アロディニアの神経機構.CLINICAL NEUROSCIENCE 2002 ; 20 : 1129-31.
- Moalem G, Tracey DJ. Immune and inflammatory mechanisms in neuropathic pain. Brain Res Rev 2006 ; 51 : 240-64.
- 井上和秀. 神経因性疼痛におけるミクログリアとATP受容体の関与.医学のあゆみ 2007 ; 223 : 681-6.
- Ochoa JL, Yarnitsky D. The triple cold syndrome. Cold hyperalgesia,cold hypoaesthesia and cold skin in peripheral nerve disease. Brain 1994; 117 : 185-97.