11.脊髄液IgG indexの日本人正常値
    Reference range of IgG index in the cerebrospinal fluids of Japanese people.

田中正美**、荒木保清**田中恵子*** 神経内科2010;72:337-8.
** Masami TANAKA, M.D., Yasukiyo ARAKI, M.D:
国立病院機構宇多野病院MSセンター
(〒616-8255 京都市右京区鳴滝音戸山町8); Department of Neurology, Utano National Hospital, 8 Ondoyama, Narutaki, Kyoto 616-8255, Japan.
*** Keiko TANAKA, M.D. .:
金沢医科大学脳脊髄神経治療学(神経内科学)
(〒920-0293 石川県河北群内灘町大学1-1);
Department of Neurology, Kanazawa Medical University Uchinada, Ishikawa, 920-0293, Japan.

2009年12月22日  
脊髄液 (CSF)のIgG indexは中枢神経(CNS)内でのIgG産生の指標の一つであり、多発性硬化症(以下、MS)の疾患活動性の指標でもあります1)。オリゴクローナルバンドの陽性率の低い視神経脊髄炎(NMO)ではCNS内でIgG産生はないとされてきましたが、血清中の抗体が陰性の患者のCSFからNMO-IgGが見出されたり2)、発病初期のCSF中に抗アクアポリン4抗体産生形質細胞が存在することが示されていて3)、CSF中のIgGが改めて注目されています。アルツハイマー病でも著明には増加していないものの、IgG indexと一部の症状が相関することが示されていま す4)。以前から、この正常値は報告者によりバラツキが大きく、施設により正常値を設定することが望ましいとも言われています。しかし、欧米で特に有名な0.735)や平均値+2SDをとった0.856)という正常値上限は、日本人には高すぎるように感じておりました。そこで、当院での正常値を求めてみました。  

対象は2007年1月から2009年11月まで当院を受診された患者さんのうち、最終診断が解離性障害7例、鬱病1例、器質性病変が否定された患者10例の18例です(対象群)。男性5例、女性13例で、年齢は34.7±11.3 歳(平均値±標準偏差、中央値:32.5)。疾患対照は同時期に検査入院した、3椎体以上の長い脊髄病変や抗アクアポリン4抗体7)が陰性で、CSF中にオリゴクローナルバンド(OCB)が陽性の再発寛解型MSの寛解期の21例で、男性9例、女性12例、年齢は38.1±12.0歳(中央値:38)です。OCBは三菱化学メディエンスで測定し、2から10本、6.3±2.9本(6)認められました。  

対象群のCSF中IgGは0.9から5.5 mg/dl (2.5±1.4, 2.4)で、IgG indexは0.35から0.6 (0.46±0.07, 0.44)でした。一方、MS群ではIgGは1.4から8.8 mg/dl (4.1.5±1.7, 4.1)、IgG indexは0.48から1.7 (0.77±0.29, 0.68)で、対象群とはいずれも有意な差異が認められました(それぞれp=0.0026、p<0.0001 Mann-WhitneyのU検定による)。寛解期のMS患者でのIgG indexの上限を0.73や0.85に設定しますと、それぞれ21例中7例(33%)、5例(24%)が高値を示すのみとなります。今回の参考値のmean+2SDを上限(0.60)としますと(95%信頼値は0.59)、16例(76%)が寛解期でもIgG産生能が亢進していることになります。これらの結果は、文献上の正常値と比較するのではなく、自験例との比較が重要であることを示唆しています。  

欧米でのIgG indexの上限値の報告は、0.668)、0.71),9)、0.6310)と上記以外にもさまざまありますが、古い報告が中心です。国内のインターネット上に記載されている正常値上限は0.8 (東北大学医学部多発性硬化症治療講座)、0.73 (三菱化学メディエンス)、0.6 (大阪大学医学部免疫・アレルギー内科)と多様で、根拠は不明です。ボランティアから正常値を求めることは困難なので、どうしてもCNS内で免疫応答が関与していないと考えられる病態で参考値として求めるしかありません。IgG indexが上昇していないと考えられる、日本人の視神経脊髄型MS(OSMS)で求められた0.562±0.01711)は欧米に比し低めの値で(同じ著者は同時期の別の報告では、頭痛などの患者から得られた正常値として0.53±0.08を記載していて12)、これですとSDが大きいので上限値をmean+2SDとしますと0.69となり、それほど低いわけではありません)、検査法の進歩により次第に値が低くなっているとも考えましたが、古い報告で上限が0.51という日本人データがあって13)、単純に検査法の違いといってしまって良いのか、人種差で正常値が異なる可能性があるのか、検討を要する課題かもしれません。

本研究は、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「免疫性神経疾患に関する調査研究」班(主任研究者:楠 進近畿大学神経内科教授)の助成を受けました。

文 献

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  3. Bennett JL, Lam C, Kalluri SR, et al. Intrathecal pathogenic anti-aquaporin-4 antibodies in early neuromyelitis optica. Ann Neurol 2009 ; 66 : 617-29.
  4. Matsumoto Y, Yanase D, Noguchi-Shinohara M, et al. Cerebrospinal fluid/serum IgG index is correlated with medial temporal lobe atrophy in Alzheimer'sdiseas e. Dement Geriatr Cogn Disord 2008 ; 25 : 144-7.
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