2009年7月号

  1. ナタリツマブ
  2. 末梢挿入中心静脈カテーテル
  3. NeurosarcoidosisでもLCL
  4. Mitoxantrone-induced leukemiaの頻度
  5. 定期的ステロイドパルス再評価
  6. IFNβ1aへの経口ステロイドパルス追加の効果
  7. 両側性基底核石灰化をきたす疾患
  8. 脳から直接インターネットに投稿 
  9. AN-1792ワクチン接種患者の6年後
  10. ボラギノールが製造中止
  11. 硫酸アトロピンの経口薬が消失
  12. 両側性顔面神経麻痺の原因
  13. Green tea-induced asthma
  14. Nocturnal and /or awakening headachesをきたす疾患
  15. 自閉症の徴候を扁桃体の大きさで判定
  16. DMRVの動物モデルで治療が可能
  17. 中枢神経へのウイルス感染症の部位別分類
  18. 遠隔操作可能な内視鏡カプセル
  19. タンジール (Tangier)病
  20. 医療事故・紛争対応 東海・北陸セミナー
  1. ナタリツマブはα4インテグリンという白血球を炎症部位へ誘導する接着因子に対するモノクローナル抗体で、Tリンパ球が血管内皮細胞に結合するのを阻害する薬剤です。そのため、中枢神経内にTリンパ球が入らなくなるのでMSで著明な再発予防ができると考えられてきました。ところが、ナタリツマブが投与された剖検例で意外な事実が判明。抗原提示細胞である樹状細胞やマクロファージが著明に減少していることが判ったのです。このことは、本剤の新たな作用機序が判ったことにもなりますね。
    (Neurology Today 2009;8(3):13-4より)

  2. 末梢挿入中心静脈カテーテル(peripherally inserted central catheter:PICC-ピックと言うんだそうな)
    鎖骨下とか大腿からのCVルートに比して、感染症や気胸などの合併症が起こりにくく、静脈炎も少ないと。通常、上腕から挿入しますが、エコーが必要。エコーには針を滑らせるガイドも付いています。さらにこのグローションカテーテルの先端はバルブ構造になっていて、逆流を防ぐのでヘパリンロックも不要。採血も可能だそうです。使用しないときは5 ml生食のフラッシュを1週間に一度行えばいい、と。これを必要とする患者さんの多くが長期寝たきりで、神経内科ですと変性疾患が多いため、関節拘縮の患者さんが対象となることが多いでしょう。自験例から得られた教訓としては、腋下を通過しにくいことと小さな血管に迷入しないように注意する必要があるように思われます。

  3. NeurosarcoidosisでもLCL
    lupusで3椎体以上の脊髄病変を呈することは知られていますが(J Rheumatol 1999;26:446-9)、サルコイドーシスのmyelopathyでも出現しうることが米国から報告されています(J Clin Neurosci 2009;16:595-7)。
  4. Mitoxantrone-induced leukemiaの頻度は以前、考えられていた頻度より高いのではないか、という報告が2009年のAANで出ています(Neurology Today 2009;9(11):1)。イタリア国内の35施設の1999から2008年までの2854名の治療を受けたMS患者を対象とし、平均45.6ヶ月経過観察した共同研究。なので、ずいぶん古い患者さんも含まれています。

    その結果、21例の白血病患者が見いだされました。従来は1300から400例に1例といわれていた白血病の頻度が135例に1例に。白血病になった患者ではMITXの投与回数 (8.6 vs 7.2 cycles)、総投与量 (82.4 mg/m2 vs 62.87 mg/m2)とも起こさなかった患者群より多かったそうな。心不全と同じく、総投与量でriskが高まるようです。
    mg/m2 incidence rate ratio
    60 1.84
    82.4 2.74
    95 3.2
    110 3.89

    白血病発症の危険はMITXの最終投与2年以内が高い,と.特に,投与量が多い患者では.1例では投与6年後に発症.また,低容量投与患者では白血病のリスクは長く持続する,と.米国のWashington大学のDr Lily Jungは”This study signals the end of using mitoxantrone”と主張.彼女は,Methylprednisolone pulse + IFNベータを代替療法として提案しています.Natalizumabを使用できない日本では,まず60 mgまでに押さえておくべきでしょう.失明や寝たきりに怯えるsteroid抵抗性,あるいは依存性のNMO患者さんに,上記の代替療法で再発を抑えられるでしょうか?

  5. 定期的ステロイドパルス再評価
    1. Avonex Combination Therapy (ACT) atudy  隔月でmethylprednisolone 1000 mg静注をmethotrexateとIFNβ1aへの追加効果で比較。
    2. Methylprednisolone in combination with interferon beta-1a (MECOMBIN) study  
      毎月500 mg連続3日間投与をIFNβ1a筋注に追加.再発率は55%に低下。
    3. NORMIMS study 次項で。

  6. IFNβ(インターフェロン・ベータ)1aへの経口ステロイドパルス追加の効果が北欧からrandomised, placebo-controlled trialで報告されています(Lancet Neurol 2009;8:519-29)。対象は少なくともIFNβ1aを12ヶ月投与されているにもかかわらず少なくとも1回の再発のある患者で、IFNは週3回皮下注射されていますので、国内未発売のRebifのようであります。ステロイドはmethylprednisoloneは4週間ごとに連続5日間、200 mg内服します。欧州では100 mg錠があるんですね。日本だったら、4 mg錠なので50錠内服することに。IFNβ1a + methylprednisolone群66例、IFNβ1a + placebo群64例を対象に、少なくとも96週間投与。年間再発率は対照群が0.82に対し、対象群は0.34。しかし、脳MRIでの効果はわずかで、T2病変容積はp<0.05でやっと有意差がありますが、年間新T2病変あるいは増大病変では有意差はありませんでした。造営病変への抑制効果については記載はないようです。途中で脱落した患者が多いことが強調されていて、ステロイド群では不眠などの副作用のため、対照群では効果が乏しいために。なので、実際の主治医の感覚では効果がもっとあるのかもしれません。

    経口methylprednisoloneは静脈投与と同じ効果があり(Lancet 1997;349:902-6)、1回の200 mgステロイドはglucocorticoid cytosolic receptorsを完全に飽和できるんだそうな (Steroids 2002;67:529-34)。

    ステロイドの免疫系への作用は、
    1). BBBへの効果はGd造営効果の抑制とこれに比例したマクロファージの浸潤抑制
    2). CD4陽性T細胞でのCD26発現を抑制
    3). 高容量のmethylprednisoloneはTGFβ発現を誘導
    IFNβとの併用により,以下の効果も。
    4). GlucocorticoidはT細胞のIFNβへの感受性を高め,IFN receptorをupregulateします
    5). IL 10産生を亢進し,T細胞からのIFNγ分泌を抑制

  7. 両側性基底核石灰化をきたす疾患
    Fahr病
    副甲状腺機能低下症
    偽性副甲状腺機能低下症
    ミトコンドリア脳症
    Wilson病
    中枢SLE
    Down症候群
    Neurobrucellosis
    (Pract Neurol 2009;9:100-101)
  8. 脳から直接インターネットに投稿ができる装置を米国ウイスコンシン大学マディソン校の大学院生が、ラジオで「頭で思ったことがそのままTwistterに投稿できたら凄くない?」という言葉を聞いて、数日でプログラムを書き上げたそうです(CNN電子版2009/4/24より)。必要なことが開発者に伝わることは、情報化社会の現代でも必ずしも容易ではないことを物語ってもいるようにも思われます。インターネット上のサービスの中でもTwistterはメールより脳から直接投稿しやすいシステムなんだそうですが、この装置はすでに実用が確認されていて、ALSなどのlocked-in syndromeには朗報。
  9. AN-1792ワクチン接種患者の6年後
    AN-1792という凝集させた合成Aβ1-42とアジュバントQS21の混合物を筋注する臨床試験で、周知のように2002年に6%で髄膜脳炎を起こしたために臨床試験は中止されました。その後の経過と剖検報告が出ていて(Lancet 2008;372:216-23)、その解説が田平先生により日本認知症学会誌に出ています(Dementia Japan 2008;22:309-16)。剖検された8例のうち初期に死亡した1例以外の7例では、MMSEは全例0点で、うち2例では老人班がほとんど消失していたそうです。逆に言えば、老人班が消失していたにもかかわらず、神経変性機序は止まらなかったということになります。

  10. ボラギノールが製造中止
    テレビCFでもおなじみのこんなに有名な痔の薬が製造販売中止になり、驚くべきことにその理由が原料である「シコンエキス」の製造元が製造を中止するため。知りませんでしたが、この物質はムラサキという日本北部の山野に自生する多年草木の根から抽出される成分で天然の植物色素で古くから皮膚炎用 の漢方軟膏薬「紫雲膏」の主成分で、伝統的に布を染める天然色素でもあるそうです。新陳代謝促進作用や殺菌、消炎作用があるため、多くの自然派化粧品、和漢植物配合化粧品に入れられるそうです。なんか問題があったんだろか?ネットでも不明。

  11. 硫酸アトロピンの経口薬が消失
    2010年3月までは使用可能だそうですが、販売が中止されます。以前は重症筋無力症患者さんたちにマイテラーゼやメスチノンとともに処方することが多かったのですが、今やほとんど処方されなくなってきたのではないでしょうか。少し下痢気味だったり、fasciculationが出る程度が丁度良いなんておっしゃる患者さんもいらっしゃいました。これも時代の流れか・・・

  12. 両側性顔面神経麻痺の原因
    Bell's palsy
    Guillain-Barre syndrome
    Miller Fisher syndrome
    Multiple cranial neuropathies
    Brainstem encephalitis
    Neoplastic meningitis
    Pontine glioma
    Prepontine tumors
    Syphilis
    Leprosy
    Infectious meningitis
    Lyme disease
    Herpes simplex virus, herpes zoster virus
    Sarcoidosis
    Sclerosteosis
    Amyloidosis
    Ethylene glycol intoxication
    Mobius syndrome
    HIV seroconversion
    Mononucleosis
    Poliomyelitis
    Head injury (especially children)
    (Semin Neurol 2009; 29:5-13より)
  13. Green tea-induced asthma
    緑茶製造業者で認められる職業喘息なんだそうで、カテキンに対するI型アレルギーであることが証明されています。粉塵を吸入して喘息が出現するだけでなく、緑茶を飲むだけで激しい咳漱と口唇浮腫が出現したという病歴を有するという症例報告が出ていました(日内会誌, 2009;98:866-7)。経口摂取でも出現するということは、エビカニアレルギーと同じように料理などにも要注意ですね。自覚のないところでの摂取の危険性があるため、エピネフリン自己注射を処方したそうです。
  14. Nocturnal and /or awakening headachesをきたす疾患
    脳圧亢進  腫瘍
     水頭症
    一次性に頭痛をきたす疾患
     偏頭痛
     Trigeminal autonomic cephalalgias (群発以外不思議な病気)
    Cluster headache
    Paroxysmal hemicrania
    Short-lasting unilateral neuralgiform headache attacks with conjunctival injection and tearing (SUNCT)
     Hemicrania continua
     Hypnic headache
     Primary headache associated with sexual activity
    二次性に頭痛をきたす疾患
     Medication-overuse headache
     Hangover headache (なにやら特殊な病気みたいですが、ようは二日酔いね)
     Giant cell arteritis
     Sphenoid sinusitis
     Carbon monoxide-induced headache
     Subarachnoid haemorrhage
    Other disorders
     Headache attributed to epileptic seizure
     Sleep apnoea hypopnoea headache
     Depression
     Exploding head syndrome
    (Pract Neurol 2009;9:80-4より)

  15. 自閉症の徴候を扁桃体の大きさで判定
    自閉症は子供150人に1人の割合で見られるとされ、米国では近年、1日あたり67人が新たに判明するなど、増加傾向にあるそうです。CNN電子版(2009/5/5)によりますと、ノースカロライナ大学のジョゼフ・ピーベン博士はMRIを用いて、自閉症の子供50人と、通常の子供33人の脳を2歳時と4歳時で調査した結果、自閉症児は平均して、扁桃体が13%、肥大していたそうです。早期診断することで対策ができることが期待されています。

  16. DMRVの動物モデルで治療が可能であることが神経センター、西野先生らが報告しています(Nat Med 2009;15:690-5)。Distal myopathy with rimmed vacuoles (DMRV)はhereditary inclusion body myopathy (hIBM)と同一。この病気は、シアル酸生合成に関わるglucosamine (UDP-N-acetyl)-2-epimeraseおよびN-acetylmannosamine kinaseをコードするGNEという遺伝子が原因。シアル酸に異常が起きると、なぜrimmed vacuolesができるのかは不明。この論文では、シアル酸代謝産物を経口摂取することで、動物モデルであるマウスの筋力低下や筋萎縮を完璧に予防できることが示されています。筆頭著者は、May Christine V Malicdanという方で、西野ラボでのお仕事で、現在の所属は京大の神経内科。どこかからの留学生?

  17. 中枢神経へのウイルス感染症の部位別分類
    Meningeal inflammation
    Echo viruses
    Coxsackie viruses
    Enteroviruses
    Herpes simplex virus 2
    HIV
    Mumps
    Lymphocytic chorio-meningitis
    Gray matter inflammation
    Enteroviruses
    Polio
    Coxsackie
    Echoviruses
    Japanese encephalitis virus
    West Nile virus
    Nipah virus
    Rabies
    White matter inflammation
    PML
    HIV, HTLV
    HIV with highly active antiretroviral therapy
    (Neuroimages Clin North Amer 2008;18:19-39より)

  18. 遠隔操作可能な内視鏡カプセル
    以前、本誌で紹介した、内視鏡カプセルがさらに進化したようです。この方面では日本が最先端のようで、さすが内視鏡の国。  

    現在のタイプは消化管の蠕動運動任せのため、狙った部位を撮影できませんでしたが、龍谷大と大阪医大の研究グループは、尾びれと磁石をカプセルに取り付けることで外部からの操作を可能にしました。今回は犬での実験の成功を受けて、メディア発表されました(京都新聞, 2009/7/3朝刊)。ただ、このカプセルの長さが4.8 cmと結構あって、飲み込むのにちょっと苦労しそうです。さらなる小型化が必要なようです。それにしても、京都市内の龍谷大学って「1639年に京都・西本願寺に設けられた「学寮」に始まる、7学部、1短期大学部、9研究科を擁する総合大学」なんだそうですが、仏教系大学なのに理工学部がなぜか存在。この学部の研究者が参加したようです。京都は奥が深い!
  19. タンジール (Tangier)病
    HDL欠損症として有名ですが、1600 X 4800メートルしかないチェサピーク湾に浮かぶこの島が発見されたのは1608年。現在はソフトシェルクラブの世界的な産地。(この住民はジョン・クロケットの子孫なんだそうですが、テキサスのアラモ砦でメキシコ軍と戦って1836年に玉砕した、デイビー・クロケットと関係があるのかどうかはわかりませんでした)長い間閉鎖社会だったので、現在の住民の先祖は数人にまでたどりつけるんだそうですね。なので、遺伝子が濃縮されたのでしょう。この住民のおかげでコレステロールの代謝が明らかになりつつあるようです。(「もしかしたら、遺伝子のせい? 魚臭くなる病ほか遺伝子にまつわる話」白揚社)。
  20. 医療事故・紛争対応 東海・北陸セミナーが2009年6月27日に開催されました。その中の前田慶応大健康マネジメント研究科・准教授の講演から。  

    損害賠償責任としては2種類あって、患者が医療機関を相手として損害賠償請求する場合の根拠規定している民法415条と患者が不法行為者(事故の当事者)を相手として損害賠償請求する場合の根拠規定している民法709条とがあります。組織が訴えられた場合でも、損害保険には上限がある上限を超えた分については個人が払うことになるそうです。個人が訴えられた場合、裁判書類は個人に届き、通常、病院は関与しません。自分で弁護士を雇い、休暇を取って法廷へゆくことになります。弁護士の橋下大阪府知事は、府職員が訴えられた場合は公務と見なし休暇を取る必要がないことを明言しましたが、こういうことが話題になるほど一般的ではありません。起訴時効は両者で異なり、民法415条は10年ですが、民法709条では損害および加害者を知ったときから3年、不法行為時より20年。限定付きですが、65歳時の医療事故を85歳近くになってから訴えられる可能性があり得ます。故に、診療録などへの記載と保存が重要、ということになります。保存期間の5年間が過ぎて廃棄されてしまった場合、医療機関側にとって都合の悪いこともあり得ます。医療側の正当性を主張する根拠を失うのですから。  

    岐阜地裁は昭和49年3月25日の判決の中で、「・・・医師法第24条によれば,医師は患者を診察したときは診療に関する事項を記載した診療録を作成し、これを五年間保存しなくてはならないところ、カルテの作成、保存を医師に義務づけたのは、医師の診療行為の適正を確保するとともに患者との関係で後日医師の診療をめぐって生起するかもしれない問題も法的紛争についての重要な資料となるものであり、カルテに記載がないことはかえって診察をしなかったことを推定せしめるものとすら一般的にはいうことができるからである。」と述べています。  

    記録の重要性を示す判決の一例として、東京高裁の平成13年7月18日判決が紹介されました。事実の概要は「患者は成人男性。患者は腹部大動脈瘤と診断され、主治医の執刀により下部胸部腹部大動脈瘤置換術、分枝再建術の手術を受けた。しかし、手術中に急性出血性心筋梗塞により死亡した。」というもの。控訴人は、「手術が死亡の危険性のあるものとの説明を受けておらず、受けた説明は、手術によって足に障害が残る可能性が一割くらい存在するという程度であった。」と主張。裁判所はこう判断しました。「本件については、診療録には主治医の説明については全く記載がない。看護記録部分に「危険率は一割」との記載があるが、それが手術の危険率や死亡率を示すものとはいえない。したがって、その「危険率は一割」との記載は、患者家族の言うように、術後の足の障害発生率について述べたものであるとの疑いが残る。主治医が患者に対し、手術の危険性と死亡率について具体的に説明したとは認めがたい。」なんの危険性があるか、具体的な記載がないとされました。大体、時間をかけて丁寧に、専門用語を使用しないで説明しても、患者や家族は正確に理解しているとは限りません。こういう言い方をしますと、医療者側でさえ、説明が悪いんだろ、と無責任な言い方をする人がいますが、それなりの医療をしている現場を知らない戯言。説明のレジュメなり説明文を常に治験並みに、というわけにはいかないでしょうが、後に残るようにするべきでしょうね。もちろん、その内容は診療録にも残す必要があります。