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MSについて -概念・歴史・疫学-

概 念

多発性硬化症(Multiple sclerosis: MS)は、中枢神経(大脳、小脳、脳幹、脊髄)を場とし、多発性の病変を形成する炎症性自己免疫疾患である。炎症性という意味は、Tリンパ球や抗体、マクロファージなど免疫応答に関与する因子が病態形成に関与し、病変部位にリンパ球の浸潤が認められることを言う。通常、免疫応答は体内に入った異物に反応し排除する体の生体防御反応であるが、時に自己の構成蛋白や糖鎖に対して反応し、組織傷害を起こすことがある。こういった病態により症状を呈した疾患を自己免疫疾患(autoimmune disorders)と言う。

MS患者のリンパ球が何に対して反応しているのかは、未だにその詳細は明らかではない。ただ、MSは従来、脱髄疾患(demyelinating disorders)と言われてきた。これは、髄鞘(myelin:ミエリン)が傷害されて剥がれ落ちてしまうために、こう命名された。中心神経のミエリンと末梢神経の髄鞘は、それぞれ髄鞘を構成している細胞が異なり、前者はオリゴデンドログリア細胞(oligodendroglia)、後者はシュワン細胞(Schwann cells)で、それぞれの細胞質が軸索を巻くことで髄鞘を形成する。髄鞘を構成している蛋白は中枢神経と末梢神経とでは異なっていて、そのことがリンパ球が反応する抗原の違いとなり、中枢神経を傷害する自己免疫疾患(MS)と末梢神経を傷害する自己免疫疾患(免疫性ニューロパチー)という、異なる疾患を生じることとなる。ただ、一部は両者の髄鞘で共通しており、稀に、CIDPを合併するMS、という病態が生じうることとなる。

髄鞘を構成している成分の違い(%)
中枢神経 末梢神経
Myelin basic protein (MBP) 30-40 5-15
P2 - <5-20
Myelin proteolipid protein (PLP) 50 0
P0 0 >50
Myelin-associated glycoprotein (MAG) 1 <1
2’, 3’-cyclic nucleotide 3’-phosphohydrolase (CNP) 4-5 <1

髄鞘が傷害されると、二次性に軸索が傷害されることは従来から指摘されてきた。ところが、最近になって、CD8陽性細胞傷害性T細胞が直接軸索を傷害することが示された。このことから、MSは単純な脱髄疾患ではないと言える。

歴 史

有病率が全く異なるが、歴史上の有名人で、てんかん患者であったというヒトは少なくないが、再発緩解を示すというユニークな疾患であるにもかかわらず、MSらしき症状の記載は歴史的文書での記載に乏しい。本当に過去にはほとんどなかったのかもしれないし、あっても病像がずいぶんと異なっていたのかもしれない。

近代神経学の父であるCharcotは、MSの概念確立にも貢献した。Charcot’s triadとして知られる、intension tremor,nystagmus, scanning speechは小脳病変による神経所見であるが、小脳症状が欧米人のMSでは起きやすいことを物語っている。

1921年に開催された欧米の学会では、Multiple sclerosisという名称とDisseminated sclerosisという名称が使用されていた。前者は英国で後者は米国で主に使用されていた名称であった。

我が国では近年、CMSが増加しているが、1967年に米沢が初めてCMS国内剖検例を報告するまで、すべて剖検例はOSMSで、CMSの臨床例の報告も1952年が初めてと言われている。戦後になって国内に初めてCMSが登場したとすると、第二次世界大戦で英軍が駐留後にMSが発症するようになったとされるFaroe諸島と同じように、連合軍の進駐がCMSの登場と関連しているのかもしれない。

1972年の厚生省特定疾患MS調査研究班による診断基準では、発病年齢は15〜50歳とされていたし、症状に再発や緩解があるとされ、一次性進行性MS(PPMS)は考慮されていなかった。今日では、幼児期に発病し、剖検で病理学的に確認された患者もいるし、80歳以上で発症した剖検例も知られていて、発病年齢の制限は撤廃されている。

疫 学

欧米各国や本邦ではMS患者数が増加している。有病率の増加の一部は、神経内科医の増加やMRIの普及により、診断が容易になったこと、早期に診断できるようになった上、治療やケアの向上で寿命が延びたことで、患者数が増加した可能性はあるが、疫学調査をした地域では、どこでも女性患者の割合が増加していることから、上記の理由だけでなく患者の実数が増加していると考えられている。

かつて、MSの疫学として最も有名だったのは、高緯度地域に有病率が高いことから日光照射量の低下によるビタミンDの影響が考えられ、戦後イスラエルが建国された際にヨーロッパからイスラエルへ移住した人々の調査から、15歳以降に移住した人々では移住前の高頻度地域の影響を受けて有病率が高いことから、思春期に何らかの病原体に感染することが影響するのではないかと考えられた。

しかし、今日では、前者が認められるのはヨーロッパ、米国、ニュージーランドなどであり、日本を例外として、他の地域は有病率の高い北部ヨーロッパからの移民の影響が強いとされ、バイキングの遺伝子の拡散と想定されている。南半球では同じように北部ヨーロッパからの移民が多い、オーストラリアやニュージーランドでは北半球ほどには緯度の影響が少ないため、南半球ではなんらかの抑制因子が働いているのではないか、という意見もある。ビタミンDが直接、高緯度地域での有病率の高さを説明できてはいないが、ビタミンD自体には免疫抑制作用があるので、MSへの治療効果は証明されている。

外因として、最も可能性が以前から指摘されてきたのはウイルスであるが、ほとんどが否定されてきた。外部から持ち込まれた病原体の影響が最も強く示唆されたのは、北大西洋のデンマーク領、Faroe諸島でのKurtzkeらによる長期にわたる疫学調査である。彼らは、第二次世界大戦で英軍が島に進駐するまでは患者がいなかったのに、その後に流行が起きたことから、軍隊が持ち込んだペットなどが問題とされ、特にイヌ・ディステンバーウイルスなどが候補に挙げられたが、否定された。その後、13年周期で小流行を繰り返していることから、Kurtzkeは次の世代に病原体が感染したのではないか、と考えた。Poserは、Kurtzkeらの戦争以降にMS患者が発生したこと自体が、疫学上の計算間違いであると批判している。最近、麻疹との関連を示唆するデータが数多く報告されており、ウイルスの構成蛋白とMBPとの間に分子相同性(molecular mimicry)があることが示され、麻疹ウイルスが発病のきっかけになっているのかもしれない。

以前、日本での有病率は人口10万人あたり1.6から3.9と言われ、南北差はないと言われてきた。2004年の全国調査ではこの有病率が7を超え、欧米と同じく、日本でも患者数が増加していることが判明した。また、37度線を境に有病率が異なることが九大の吉良により示されており、日本でも高緯度地域では有病率の高さが証明された。これはOSMS (opticospinal MS)は差がないが、CMS(conventional MS)の南北差が影響している。

MSになりやすさは遺伝的に規定されている(MS susptibility gene)ことは間違いない。ハンガリー人での有病率は10万人あたり37であるが、同一地域に居住していながら、ロマ人(ジプシー)ではわずか2でしかない。Sardinia島での有病率の高さが有名となったが、島内の地域差が顕著で、使用する言語によって異なる。このような例は数多い。また、双生児研究では、二卵性より一卵性双生児のほうが同胞発症率が高いことからも裏付けられている。しかし、一卵性であっても、SLEやIDDMより同胞発症率が低い。養子の研究では、家族内での外因の影響はないことが判っている。