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患者さま向け

治療はどうするの?

2016年2月24日 全面改訂

再発時の治療

再発時の治療はいずれも同じで、ステロイドパルス(通常はメチルプレドニゾロン 1g/日を3-5日間。必要に応じて、数日間の間隔を置いて反復)を行い、必要に応じて、血漿浄化療法(吸着療法あるいは単純血漿交換療法)を行います。免疫グロブリン大量療法を加えることもあります。稀にメチルプレドニゾロンで肝障害を起こすこともあるので注意が必要です。この場合は、ベタメタゾンに変える必要があります。

再発予防の治療

  • 視神経脊髄炎 
    ステロイド内服が基本です。30 mg以上の容量を朝一回内服します。30 mgで再発することはまずありませんが、この量を継続することは様々な有害事象(白内障、骨粗鬆症など)を起こしますので不可能です。そこで、ステロイドを減量、中止するために免疫抑制剤を使用することになります。一般に、免疫抑制剤は効果を発揮するまでに2-3ヶ月を要しますので、リスクが高いです。再発予防の導入はステロイドで始めるべきです。  従来はアザチオプリンを使用することが多かったと思います。日本では2錠 (100 mg) を投与することが多いのではないかと思われます。欧米流に、体重当たりの投与法 (2-3 mg/kg) は余り使われないのではないでしょうか?3 mg/kg投与すれば、もっと効くのかもしれません。肝障害や薬疹、白血球数や血小板数低下といった有害事象の頻度が結構多いので、昔から医師には馴染み深い薬剤なのですが、意外に使い勝手が悪いように思われます。

タクロリムス
私自身は、以前はアザチオプリンを使っていたのですが、現在はタクロリムスを使っています。投与時間や投与量、血中濃度のコントロールなど、結構使い方が難しいのですが、かつてFK-506と呼ばれ、移植で使用されるようになった、国産で夢の免疫抑制剤は再発抑制作用が強力です。抗AQP4抗体が陽性の診断確定患者さんに投与した場合、治療域に達していれば、まず、再発しません。ただ、3カプセル (3 mg) でも血中クレアチニンが上昇することがありますので要注意。放置すると腎障害を起こします。医者の技術が試されます。使い方は日本神経免疫学会の機関誌であるClin Exp Neuroimmunol (英文) にタクロリムスの診療チップスとして2016年にまとめています。

Tanaka M, Kinoshita M, Tanaka K. Corticosteroid and tacrolimus treatment in neuromyelitis optica related disorders. Mult Scler 2015;21:669.

Tanaka M, Kinoshita M and Tanaka K. Comparison of tacrolimus blood levels by chemiluminescent enzyme immunoassay and electrochemiluminescence immunoassay in neuromyelitis optica related disorder. Clin Exp Neuroimmunol 2015;6:433-4.

Tanaka M, Kinoshita M. Practical tips of tacrolimus treatment in neuromyelitis optica spectrum disorder. Clin Exp Neuroimmunol, in press.

田中正美、越智香保:視神経脊髄炎へのタクロリムス療法の注意点。神経内科 2015;82:238.

  • いわゆる古典型MS

次の2通りの考え方があります。
a). 最初はインターフェロン (ベタフェロン?とアボネックス?) やグラチラマー (コパキソン?) から始め、効果が不充分な場合に作用の強い薬剤(フィンゴリモドやナタリズマブ)へ変えてゆく方法

1995年頃に発売されたインターフェロン・β (IFNβ) 製剤やグラチラマーは強い再発抑制作用はありませんが、生命に関わるような重篤な有害事象が少ないことが有益です。これらの薬剤で充分に再発を抑制できる患者は存在していることが、これらの薬剤の存在を支持しています。いずれの薬剤も自己注射が必要であることが難点であり、注射に慣れる必要があります。前者には隔日注射するベタフェロン?と週1回のアボネックス?とがあり、選択は主治医と相談して決定したほうが良いでしょう。前者は皮下注、後者は筋注ですが、いずれも皮膚に垂直に針を刺す上、注射針の長さが短いので、注射ルートに差異はないと言って良いでしょう。いずれも発熱やだるさが必発で鎮痛解熱剤を内服することとなりますが、次第に消失することが多いですね。グラチラマーは毎日皮下注射することが欠点ですが、発熱やだるさが出現しないので、受験生などには有益でしょう。  

効果が不充分な状態の定義は必ずしも一定ではありません。治療効果が全くないわけではないけれども、充分とは言えないという状態は個人差もあるでしょう。この点で、全ての患者さんに共通した治療方針は立てにくいように思われます。  

上記の第一選択薬で効果が不充分な場合、それなりの副作用 (有害事象) が想定できても、期待される利益が大きいと考えられる場合は、より大きな効果が期待できるフィンゴリモド (ジレニア?、イムセラ?) やナタリズマブ (タイサブリ?) を選択することになります。前者は朝に1回内服し、後者は月に一度の点滴。  

どちらを選択するかは抗JCウイルス抗体の有無で選択することが多くなっているようで、抗JCウイルス抗体が陽性で体内にウイルスを持っている場合はフィンゴリモドを、抗体が陰性の場合はナタリズマブを選択する方向になっています。未治療あるいは第一選択薬治療中のMS患者さんも含めて、一般住民で過半数の患者さんがウイルスに感染していますが、病気を起こすことはありません。不思議な現象ですが、一般住民では年々抗JCウイルス抗体が陽性化し、陽性のヒトの割合が直線的に増加しますので、投与開始直前に抗体のチェックをしなければなりません。その上、ナタリズマブ治療により自然経過の陽転化率より高くなるとも言われていますので、定期的なチェックが必要です。

ナタリズマブ
なぜ、抗JCウイルス抗体測定が必要なのでしょうか?2015年現在、世界でナタリズマブ治療を受けたMS患者さんの中で、500名以上がJCウイルスによる進行性多巣性白質脳症 (PML) が発症しています。PMLは以前は免疫不全に陥ったエイズ患者で認められて有名になった感染症です。エイズ患者で出現する場合と病態は少し異なるようですが、致死率がエイズより低い (25%位) とはいえ、神経細胞が障害されますから、認知症や長期臥床状態に陥る可能性があります。私たちの検査では日本人MS患者さんの6割が既に感染しています。感染していることを前提に考えたほうが良いような状況です。私は、PML発症リスクを低くするための体重別投与法を国際的に提案しています。

Tanaka M, Kinoshita M, Foley JF, Tanaka K, Kira J, Carroll WM. Body weight-based natalizumab treatment in adult patients with multiple sclerosis. J Neurol 2015;262:781-2.

Tanaka M, Yokoyama K. Comparison of nadir serum concentrations in the extended dosing therapy of natalizumab between American and Japanese multiple sclerosis patients. Mult Scler J Exp Trans Clin, in press.  

ナタリズマブはリンパ球が中枢神経 (視神経や脳、脊髄) に入る部位で入らないようにブロックする薬剤ですので、中止すると一気に病気を起こすリンパ球が中枢神経になだれ込んできますので、重篤な再発を起こす危険性があり、中止する際には工夫が必要です。

田中正美: 多発性硬化症へのナタリツマブ治療。臨床神経 2015;55:537-43.

フィンゴリモド
京大で見出された物質が製薬化されたフィンゴリモドは内服薬ですが、治療開始時には心臓にも作用しますので徐脈になりますから、モニタリングのために2泊3日の入院を勧めています。半減期が長いので、血中濃度が定常状態に達するまでに4-6週間かかります。また、外国でも発売されて長期間経過していませんので、長期投与の影響は不明です。本剤の作用機序は特定のリンパ球をリンパ節に閉じ込めることで、病気を引き起こすリンパ球が中枢神経へ入ってこないようにする薬剤です。そのため、当然ですが、末梢血中のリンパ球数は減少します。添付文書では2週間以上の間隔で2回測定して、200/mm3以下だった場合は回復するまで中止するように勧告しています。意外にその程度まで減少することがあります。ところが、10-14日ほど中止しますと、体中の薬剤の蓄積が消失して再開するには最初と同じ不整脈のリスクが生じるため、再開時には再び入院する必要が生じます。リンパ球数が低下した程度では直ちにウイルス感染症のリスクが高くなるわけではありませんが (たかだか、数を見ているだけ)、膠原病で使用される免疫抑制剤との統一性もPMDAは考慮したのではないでしょうか、上記のような勧告が出ているわけです。ですから、逆にリンパ球数がそこまで低下していなければウイルス感染症のリスクがないというわけではなく、フィンゴリモド治療中の患者さんの20%でヘルペス系ウイルスが再活性化するとされ、帯状疱疹が発現することもあります。  

そこで、私たちは薬剤を完全に中止して最初からやり直すリスクを避けるために、「中抜き療法」を提案しています。他の薬剤では認められないほどに半減期が長いことを利用した投与法です。

Tanaka M, Park K, Tanaka K. Reduced fingolimod dosage treatment for patients with multiple sclerosis and lymphopenia or neutropenia. Mult Scler 2013;19:1244-5.

Tanaka M, Kinoshita M. Daily fingolimod administration may cause lymphopenia but alternate-day administration may be too little to inhibit disease activity. J Neuroimmunol 2015;288:69.  

PMLは圧倒的にナタリズマブ治療中の頻度が高いのですが、フィンゴリモドやこれから日本でも発売されるフマル酸でも、ナタリズマブの1/100の頻度で、数名の患者さんが発症しています。

田中正美、朴 貴瑛、本山りえ,田中恵子. 多発性硬化症へのフィンゴリモド治療-どのように使用するか? 神経内科 2012;76:390-7

田中正美:フィンゴリモドの多発性硬化症への治療の進歩-2013年。神経内科 2013;79:400-10. 田中正美. 多発性硬化症におけるフィンゴリモドの使用。日本臨床 2014;72:2010-4.

b). 最初から強い薬剤を投与する方法  
再発回数が多いとか、脳MRIで造影病変が多発あるいは頻回に異なる部位に認められるとか、診断確定時の脳MRIで既に数個のblack holesがあったりなど、疾患活動性が明らかに高い場合は、初めから有害事象のリスクを考慮しながら効果の大きな薬剤を選択するべきでしょう。エスカレーション治療と呼ばれるa)の方法では、脳の非可逆的なダメージの蓄積が予想できる場合、のんびりしているような時間的な余裕がない場合は、有害事象のリスクを超えて、この方法を選択するべきでしょう。

c). 妊婦さんへの投与  
安全性を保証されている薬剤はありません。欧米では、以前は計画妊娠を勧められていましたし、IFNβ治療中に妊娠が判明した時点で薬剤を中止していました。IFNβでの危険性はそれほど大きくはないことが判ってきましたので、最近では出産まで継続する方向へ向かっています。リスクは新生児の低体重とされています。  

妊婦への投与はフィンゴリモドでは禁忌なので、厳重な避妊をしなければなりません。米国医薬品局 (FDA) は唯一グラチラマーを安全な薬剤と評価していますが、動物実験で奇形が生まれていないことがその根拠に過ぎません。FDAに相当する英国の行政部門からの勧告は、グラチラマーも妊婦には禁忌です。日本の添付文書はその中間で、メリットがデメリットを上回ることが充分に予想される場合にのみ投与を勧めています。  

実は、ナタリズマブも日本では妊婦への投与条件はグラチラマーと同じです。フィンゴリモド治療を必要とするほどに活動性が高い患者さんでは、妊娠前にフィンゴリモドからスイッチする場合、グラチラマーでは活動性を押さえきれませんので、挙児希望のある夫婦にとってはナタリズマブの選択はあり得るでしょう。

  • 抗MOG抗体症候群  
    この病態は単峰性の経過で終わってしまう場合と再発したり、ステロイド依存性を呈したりと、慢性の経過をたどる場合とがあります。発症したばかりの時期では、現在のところ両者の区別は難しいと思います。後者の場合は@の視神経脊髄炎と同様です。ある程度の期間、治療が必要になります。

    田中正美、田中惠子: 抗myelin oligodendrocyte glycoprotein (MOG) 抗体。日本臨床 2015:73(Suppl 7):842-6.