35.インターフェロンからフィンゴリモドへ-多発性硬化症への薬剤開発の流れ-

田中正美 特定非営利活動法人MSキャビンの機関誌、「バナナチップス 2013年, 87号, 3-7頁」に掲載されました。

インターフェロンβから分子標的治療へ

インターフェロンβは、多発性硬化症がウイルス関連疾患という仮説から始まりました。今日では、少なくとも持続的な感染が原因であるとは考えられてはいませんし、その効果も抗ウイルス作用によるものではないと考えられています。国内ではベタフェロン_とアボネックス_という2種類の薬剤が市販されています。前者は隔日に皮下注射を行い、後者は週に1回筋肉注射します。薬剤の内容(インターフェロンβの量や構造など)も異なりますので、使い分けについては主治医とご相談ください。  

同じ頃からコパキソンという薬剤も研究されてきました。こちらは全く違ったコンセプトで開発されました。当時、ラットやマウスを使用した動物モデル(EAE)の研究が盛んで、ミエリン塩基性蛋白(MBP)という中枢神経の髄鞘を構成している蛋白と特異的に認識するT細胞の免疫反応を如何に抑制するか、が大きな研究のテーマでした。コパキソンはこのT細胞の反応を特異的に抑制する、ということから臨床応用されるようになりました。ただ、今日では多発性硬化症の原因はMBPとは限りませんし、コパキソンの作用は別にあると考えられるようになりました。  

初期の2つの薬剤はいずれも多発性硬化症の再発予防に有効なのですが、面白いことにいずれも初期のコンセプトとは作用機序が異なることが解ってきました。薬剤の開発の難しさを物語っているようにも思われます。今日では、一部の薬剤は分子標的療法(後述)と言って作用機序が明確な薬剤もありますが、一方で、学問が進歩した現在でも機序が曖昧な内服薬は少なくありません。  

コパキソンは私たちの体の構成成分でもある、グルタミン酸、アラニン、チロシン、リシンという4種類のアミノ酸の混合物でしかないのですが、発熱などが認められます。毎日、皮下注射します。アミノ酸自体は私たちの体の成分と同じなのですが、混合した際にできる構造に問題があるようです。効果は大体インターフェロンβとほぼ同じなのですが、米国医薬品局(FDA)も認めているように妊婦さんに優しい薬剤で、胎児への影響がほとんどありません。インターフェロンβも以前ほど危険性が強調されなくなってはきましたが、ヨーロッパの多発性硬化症の学会での2012年の教育講演では、まだ「妊娠したらインターフェロンβ治療は中止しましょう、計画的に妊娠しましょう」と言っていました。コパキソンは国内では承認申請中です。再発抑制作用としては新しい薬剤に比べますと強力とは言えませんが、妊婦さんに対する限られた治療薬としての役割は大きいと思います。  

多発性硬化症の原因は現在も不明です。しかし、20世紀末頃から、原因を追求することも重要だけれども、原因がわからなくて治療ができれば良い、という方向へ変わってきました。ヨーロッパでは以前から免疫抑制剤が再発抑制を目的に使用されることが多かったのですが、効果が今ひとつでした。その過程で登場したのがノバントロン_です。当初は心不全で亡くなる患者さんもいらっしゃいましたが、総投与量を抑えることで10年ほど前は広く用いられました。その後、総投与量が少なくとも白血病が出現したり (日本とは異なり強力に白血球数を抑制したので、これに対する併用薬剤の影響の可能性もあります)、効果も新しい薬剤に比して弱かったことから次第に廃れてゆくようになりました。同じ頃、骨髄移植も登場しました。次第に技術が進歩し、自分の幹細胞を末梢血から分離して保存できるようになって、自己幹細胞移植として確立しました。その基本的なアイディアは新しい薬剤(アレンツツマブ)に応用されています。薬剤開発の面白いところは、それぞれの薬剤の開発と臨床応用は時期的にはずいぶんダブってはいるのですが、後から振り返ってみますと、少しずつ進化していっているように見えます。  

やがて、免疫機能を広範に抑制するのではなく、特定の免疫反応を抑制するという、明確な治療目標を定めた治療法(分子標的療法)へ向かってゆきます。一方で、この治療法は基本的には注射をせざるを得ないため、治療のために医療機関を受診しなければなりません。そこで、内服薬の開発へと関心が向きました。一部の注射薬では同じ作用機序を有する内服薬の開発や投与がより簡便な皮下注射へ投与経路を変更する、という試みもなされています。  

また、新しい薬剤の効果を判定する治験でも、再発予防だけではなく進行の抑制、つまり脳MRIでの萎縮の進行抑制やEDSSの改善まで求められるようになってきました。

注射の開発  
細胞表面の特定の蛋白に対する抗体を作製して、この蛋白が関与する反応を抑えたり、この蛋白を有する細胞を破壊することでその細胞が関与する反応を抑制するような治療法を分子標的療法と呼びます。  

最初の成功例はナタリツマブで、リンパ球が中枢神経に入る際に作用する蛋白に結合することで、リンパ球が中枢神経の血管内皮細胞(血管の内側を裏打ちするように並んでいます)に結合して中枢神経内に入らないようにブロックする薬剤です。きわめて強力で、一ヶ月に1回点滴するだけですが、投与開始3ヶ月以降に再発することはまずないといわれています。すでに欧米では市販されています。国内では治験がすでに終了していて、発売を待つだけです。ただ、この薬剤の泣き所は進行性多巣性白質脳症(PML)が稀ですが出現することで、2年以上継続投与され、免疫抑制剤の治療歴があって、PMLの原因であるJCウイルスの感染歴がある、3つの危険因子を全て持っている場合、100人に一人に割合になります。わずか1%ですが、この割合はとても高いのです。PMLに罹患した患者さんの1/3は死亡するとされ、死亡しないまでもきわめて重篤な後遺症を残し、ほとんど植物状態になる可能性があります。原因とされるJCウイルスは広く浸透していて、国内では2/3以上に見いだされます(昔の尿中のウイルスDNAを調べる方法では最大90%という報告も)。使い方を慎重にするべきでしょう。他の薬剤は国内では治験の計画さえ未定です。

内服薬の開発  
分子標的治療ではない内服薬は注射薬とは異なり、正確が曖昧なことが多いようです。しかし、患者さんにとっては治療のたびに受診しなくて良いですし、血管確保で痛い目に遭うこともありません。 フィンゴリモドの作用機序も実は不明確です。内服薬の中では断トツに最強の効果を有しますが、徐脈やヘルペス系ウイルス感染症のリスクなど稀ですが有害事象の存在は無視できません。内服薬なので便利ではありますが、安易には考えずに、適応については主治医とよく相談した方が良いでしょう。  

表1と2に米国でもまだ承認されていない薬剤も紹介しました。大部分は国内での治験の予定はありません。アレンツツマブは甲状腺炎(橋本病)を高頻度に起こすほか、稀ですが血小板減少症により脳出血などで死亡するリスクも報告されています。しかし、この薬剤は多発性硬化症の完全寛解の可能性を初めて示唆した歴史的な薬剤です。フマル酸やテリフルノミドの効果は弱いのですが、内服薬というだけではなくて有害事象がとにかく少ないこと、いずれの薬剤も他の疾患で長い期間投与された歴史があるため、長期間服用による安全性が証明されていることが他の薬剤とは違う大きなメリットと言えましょう。  

特定疾患制度の見直しやTPP (環太平洋戦略的経済連携協定)への参加により、医療費の自己負担の増加や薬価の上昇が危惧され、我が国の医療環境は大きく変わる可能性があります。しかし、一方では現在は国内での治験計画がなくても、将来、市販あるいは使用可能な状況が生まれるかもしれません。

文 献

  1. 田中正美 : 免疫性神経疾患治療の考え方. 免疫性神経疾患ハンドブック、楠 進編集、南江堂、2013, pp58-65.