30.多発性硬化症・視神経脊髄炎患者での頸静脈還流障害の検討
  Evaluation of blood flow and the cross-sectional area of internal jugular vein
    in Japanese multiple sclerosis and neuromyelitis optica patients

田中正美1)*、 内炭弘嗣2)、 田中惠子3) 
* Corresponding author: NHO 宇多野病院多発性硬化症センター 
[〒616-8255 京都市右京区鳴滝音戸山8]
1) NHO 宇多野病院多発性硬化症センター
2) NHO 宇多野病院循環器科
3) 金沢医科大学神経内科
臨床神経 2011;51:430-2に掲載されました。

要 旨

頭蓋内から体循環へ戻る静脈の還流障害により中枢神経組織に鉄が沈着し、リンパ球が鉄に反応することで脱髄病変が生じるというZamboniらの多発性硬化症(MS)血管障害説を検証した。日本人MS17例および視神経脊髄炎(NMO)患者11例を対象に頸部エコーを用いて内頸静脈の断面積および流速を測定した。断面積では両疾患に差異は見られなかったが、MS1例、NMO2例で血流障害を認めた。今回の結果から、頸部エコー検査でみる限り、内頸静脈での静脈還流障害は、抗アクアポリン4抗体が病態に関与するNMOと比較してMSで顕著であるとは言えず、Zamboniらの仮説を支持する根拠は得られなかった。

はじめに

多発性硬化症(MS)の新しい病因として、頭蓋内から体循環へ戻る静脈還流の障害により1)、中枢神経に鉄が沈着し、リンパ球が鉄に反応することで脱髄病変が生じるという血管障害説 (Chronic cerebrospinal venous insufficiency: CCSVI)が提唱された2)。これを受けて、米国で頚静脈にステントを挿入する治療を受けた患者が死亡したこともあり、MSで静脈還流に障害があるかどうか欧米で問題となっている3)。筆者らは、当初の報告にあったような頚静脈の著明な狭窄あるいは拡張が日本人再発寛解型(RR)MS患者で認められるかどうかについて、抗アクアポリン4抗体が病態に深く関与していることが動物実験で証明されている視神経脊髄炎(NMO)も含めて検討したので報告する。

対象と方法

対象は2010年9月から10月まで当院に通院したMcDonaldの診断基準(Ann Neurol 2001;50:121-7)を満足するRRMS17例(男性8例、女性9例、年齢は20から58歳、中間値は38歳、経過期間は16ヶ月から31年、中間値は9年2ヶ月)、Wingerchukの2006年の診断基準(Neurology 2006;66:1485-9)を満足する視神経脊髄炎(NMO)11例(うち、9例が抗アクアポリン4抗体4)陽性で、男性1例、女性10例、年齢は23から60歳、中間値は44歳、経過期間は4年から23年、中間値は8年)である。頸部エコー(Vivid 7 PRO, GEヘルスケア・ジャパン, 東京)は臥位で行い、左右内頸静脈径と流速を測定した。静脈径はプローブの圧迫により変化しうるので、最も圧がかかっていないと考えられる状態で測定した。静脈径は中央部で計測し、下流で狭窄があって拡張する可能性もあるので、断面積をMSとNMOとで比較した。

結 果

頸部エコー上、MSおよびNMOの全例で内頸静脈に閉塞や狭窄あるいは拡張部位は認めなかった。エコーで求められた左右の内頸静脈中央部の短径と長径から断面積とそれぞれの流速を求めた。MSでもNMOでも断面積に左右差はなく (Mann-Whitneyによる有意差検定ではそれぞれp=0.2744とp=0.0612)、左右の内頸静脈を2疾患で比較しても有意差はなかった(右がp=0.9803、左がp=0.1322) (Table1 a)。また、MS1例、NMO2例で流速を認めなかった。流速でも2疾患で左右差はなく(MSでp=0.6171、NMOでp=0.5754)、左右の内頸静脈の流速を2疾患で比較すると、左では有意差はなかったが(p=0.0660)、右ではNMOで有意に流速が低下していた(p=0.0224)(Table1 b) 。

MSでは、流速が認められなかった1例を除くと、断面積で平均値±2SDの範囲を超える、または5%以下あるいは95%以上の値を示した患者、流速では平均値-2SD以下あるいは5%以下の値を示した患者はいなかった。

考 察

Zamboniらの報告では、RRMSの22/35(63%)で内頸静脈の流速消失が認められたが1)、今回のわれわれの検討では、MSおよびNMO症例の一部で流速が計算できないほどに停滞していたもののMSとNMOとの比較で差異はなく、当初MS症例の病態に関与する事象として報告されたような内頸静脈の著明な狭窄や拡張は認められなかった。また、Zamboniらは椎骨静脈の逆流が認められるtype Dは一次性進行型MSに特徴的で75%に認められ、RRMSでも2例(17%)で認められると報告している1)。今回、われわれは静脈造影を行っていないので、内頸静脈より心臓側で狭窄していて、椎骨静脈を逆流している患者を検出できてはいない。

欧米での追試でもZamboniらの結果を否定する報告が多い。Doeppらの報告ではRRMSの4/56(7.1%)5)、Baracchiniらの報告でもClinically isolated syndromeの3/50(6%)だけでしか内頸静脈の流速消失が認められておらず6)、今回のRRMSでの1/17(5.9%)でのみ流速消失が認められた結果と類似している。CCSVI仮説に対する批判の根拠は、白質や灰白質で認められる、MSで特徴的な一次性の脱髄病変が急性あるいは慢性のchronic venous brain diseaseで認められることはない、MSでは視神経炎を呈する頻度が高いが、venous stasis retinopathyは見られない、MSで普遍的に認められる脊髄の脱髄や軸索変性は、血管内静脈圧が上昇しても出現しない、脊髄からの静脈還流の経路は4ルートもありうっ滞しにくい、頭蓋内静脈圧が亢進する病態は多いがMSと関連しない、一過性全健忘はjugular venous insufficiencyと関連していることが知られているが7)、MSとは関連がない、MSがradical neck dissectionの合併症として発症することはないし、脳MRIで経過を見ても、MSを疑わせるような所見を呈することもない、手術で両側内頸および外頚静脈を結紮する機会があった患者で、数週間後に脳MRIを撮っても、脳内病変は出現しない、といったことなどが挙げられている8)。また、Cardiovascular and Interventional Radiological Society of Europe (CIRSE)はCCSVI治療に関するコメントを発表し、内頸静脈はそもそも2ヶ所で狭窄があることは周知の事実であるし、バルーンで静脈を広げる治療(ステントを入れる場合も含めて)は効果があったとしてもプラシーボ効果と思われ、今のところ根拠に乏しいと批判した9)。  

CCSVIに関しては、脳萎縮による血液循環量の低下10)による脳からの静脈流の低下の影響も指摘されている。ただ、MSは静脈周囲炎が主体であり、静脈との関連は否定できず、2011年の第27回ECTRIMSでもCCSVIは主要なテーマに位置づけられている。

本研究は、厚生労働省難治性疾患克服研究事業「免疫性神経疾患に関する調査研究」班(主任研究者:楠 進近畿大学神経内科教授)の助成を受けました。

文 献

  1. Zamboni P, Galeotti R, Menegatti E, et al. Chronic cerebrospinal venous insufficiency in patients with multiple sclerosis. J Neurol Neurosurg Psychiatry 2009;80:392-399.
  2. Zamboni P. Iron-dependent inflammation in venous disease and proposed parallels in multiple sclerosis. J Royal Soc Med 2006;99:589-593.
  3. Rudick RA. Is multiple sclerosis caused by venous insufficiency? Nat Rev Neurol 2010;6:472-474.
  4. Tanaka K, Tani T, Tanaka M, et al. Anti-aquaporin 4 antibody in selected Japanese multiple sclerosis patients with long spinal cord lesions. Mult Scler 2007;13:850-855.
  5. Doepp F, Paul F, Valdueza JM, et al. No Cerebrocervical venous congestion in patients with multiple sclerosis. Ann Neurol 2010;68:173-83.
  6. Baracchini C, Perini P, Calabrese M, et al. No evidence of chronic cerebrospinal venous insufficiency at multiple sclerosis onset. Ann Neurol 2011;69:90-99.
  7. Sander D, Winbeck K, Etgen T, et al. Disturbance of venous flow patterns in patients with transient global amnesia. Lancet 2000;356:1982-1984.
  8. Khan O, Filippi M, Freedman MS, et al. Chronic cerebrospinal venous insufficiency and multiple sclerosis. Ann Neurol 2010;67:286-290.
  9. Reekers JA, Lee MJ, Belli AM, et al. Cardiovascular and Interventional Radiological Society of Europe commentary on the treatment of chronic cerebrospinal venous insufficiency. Cardiovasc Intervent Radiol 2010; published on line.
  10. Sundstom P, Wahlin A, Ambarki K, et al. Venous and cerebrospinal fluid flow in multiple sclerosis: A case-control study. Ann Neurol 2010;68:255-259.