28.重症筋無力症への胸腺摘除術後に発症した抗アクアポリン4抗体陽性亜急性脊髄炎の一例
A case of subacute myelitis with anti-aquaporin 4 antibody after thymectomy for myasthenia gravis: Review of autoimmune diseases after thymectomy

高坂雅之1)*、田中正美1)、田原将行1)、 荒木保清1)*、森 敏2、小西哲郎1)
1) 国立病院機構 宇多野病院MSセンター [〒616-8255 京都府京都市右京区鳴滝音戸山町8]
2) 松下記念病院神経内科 [〒570-8540大阪府守口市外島町5-55]
臨床神経 2010;50:111-3に掲載されました。

要 旨

重症筋無力症への胸腺摘除術後に抗アクアポリン4抗体陽性の亜急性脊髄炎を呈した60歳女性例を報告した。本例は視神経脊髄炎(Neuromyelitis optica: NMO)と同じ病態を有すると考えられている、limited form of NMOと考えられた。文献例では,胸腺摘除術後に発症する多発性硬化症の病型はNMOがほとんどであった。胸腺摘除術後に発症する自己免疫疾患としては全身性エリテマトーデスが圧倒的に多く、NMOでは膠原病類似の免疫動態が存在することが示唆され、古典型とは病態が著しく異なることの証左と考えられた。

はじめに

抗アクアポリン4 (AQP4)抗体の発見や3椎体以上の長い脊髄中央部の病変(Long spinal cord lesion:LCL)などにより、視神経脊髄炎(Neuromyelitis optica: NMO)の疾患概念が確立されつつあり、多発性硬化症(MS)患者を病態の違いと治療の相違から、古典型とNMOに分類することが一般的になりつつある1)。 さらに、抗AQP4抗体が陽性となる一群をNMOと同じ病態として、NMO spectrum (NMO sp)と呼ぶ2)。MSと重症筋無力症(MG)との合併は古くから知られており、MGの本邦での全国調査ではMGの0.2%にNMOを含むMSの合併が知られているし3)、177例のNMO中11%で抗ニコチン性アセチルコリン受容体抗体が陽性で、2%で臨床的にも重症筋無力症であったという報告4)もあって、両者の関係はきわめて濃厚であることが判明しつつある。筆者らはMG患者への胸腺摘除術(Tx)後にNMO spの1型であるlimited form of NMOを発症した一例を経験し、NMOの病態を考える上で重要と思われるので報告する。

症 例

患者:60歳、女性。
主訴:四肢の脱力感、両手指から前腕にかけてのしびれ感、
既往歴:X-9年11月両側眼瞼下垂、複視、四肢筋力低下が出現し、テンシロン試験は陽性、誘発筋電図でwaning現象があり、血清抗AChR抗体は陽性で、重症筋無力症と診断された。X-8年にバセドウ病と診断された。X-7年5月、拡大胸腺摘除術を施行され、病理学組織像は胸腺過形成であった。Tx前から副腎皮質ホルモン剤(ス剤)が漸減投与され、術直後には100 mg隔日まで増量された。しかし、ス剤単独では効果がなかったので、X-6年2月からシクロスポリン剤150 mgを併用して症状は軽減し、X-5年7月から漸減を始め、X-3年3月には中止された。X-2年3月にはス剤は15 mg隔日にまで減量されていた。
現病歴: X年9月、排尿困難、両手指から前腕にびりびりとしたしびれ感が出現し、10月右半身の臍の高さから右下肢かけての温度覚の低下を自覚し、12月より四肢の脱力感が出現した。その後歩行困難となり、前医を受診した。頚髄MRIでC2~C4レベルの造影効果を伴うT2高信号病変が認められ、当院へ転院した。
一般身体所見:身長153cm、体重50.9kg、血圧108/76mmHg。  
神経学的所見:意識は清明。軽度の両側視力低下があるが,視野障害、眼球運動障害はなく、他の脳神経領域に異常はなかった。上肢に3~3+、下肢に3程度の筋力低下があった。深部腱反射は両側上下肢で亢進し、両側Babinski徴候は陽性であった。また両側上肢に偽アテトーゼを認めた。両側C3~C6、右側Th10レベル以下の温痛覚の低下、右側C6レベル以下の振動覚の低下を認めた。
検査所見:血算、生化学検査に異常はなかった。抗AQP4抗体は陽性、抗AChR抗体4.1nmol/l、抗TSH受容体抗体11.8%,マイクロゾームテスト6400倍、サイロイドテスト1600倍と高値であり、抗核抗体、抗SS-A抗体、抗SS-B抗体などの自己抗体は陰性であった。HTLV-1抗体も陰性であった.HLAはDRB1*0405, DRB1*090102, DQB1*030302, DQB1*0401、 DPB1*020102、 DPB1*0501が認められた。髄液検査は初圧110mmH2O、細胞数2.3/μl、糖66mg/dlと正常で、蛋白は67mg/dl、IgG index 0.63、オリゴクローナルバンドは陰性、髄液細胞診は陰性であった。脳MRIでは大脳に非特異的なT2高信号病変があったが、古典型MSに特徴的な脳室周囲病変などは認められなかった。頚髄MRIではC2~C5までの約3椎体分の長い脊髄病変があり、C3-C5を中心に造影効果が認められた(Fig 1)。視覚誘発電位でのP100潜時は両側とも異常なく、中心フリッカー値は正常であった。
入院後経過:入院の時点ではプレドニゾロン15mg隔日投与されていたが、入院翌日よりメチルプレドニゾロンパルス療法(1g/日)を5日間行ない、プレドニゾロン15mg連日内服を開始した。温痛覚障害の軽度改善を認めたが、パルス療法を再度行なった。充分な効果がないのでトリプトファンカラムを用いた免疫吸着療法を5回施行した。2回目施行後より左上肢筋力の改善が徐々に認めた。プレドニゾロン10mg/日に減量し、 タクロリムス1.5mg/日を開始した。その後もパルス療法を行ない、筋力低下と感覚障害は徐々に改善し、頚髄の造影病変は消失してT2高信号病変はわずかに残存するまで改善した。プレドニゾロンを漸減しているが、6ヶ月後の現在、再発していない。

考 察

本例は、全身型のMGとバセドウ病が先行し、Tx後に抗AQP4抗体陽性の亜急性脊髄炎 (NMO sp)が発症した例である。
Medlineと医学中央雑誌でTxを記述した論文について検索すると、MS合併MG30例中27例がTx後にMSが発症しており、抗AQP4抗体や脊髄MRI所見の記載のある、病型を類推できた患者(表1)17例中16例がNMOと考えられ、LCLは全例にあり、抗AQP4抗体は10例中6例に認められた5)-8)。17例中1例は視神経と脊髄に症状は限局していたが、抗AQP4抗体は測定されておらず、LCLもなく、報告の時点では古典型と類推された。LCLがなくても抗AQP4抗体が陽性のことはあり得るのでNMOの可能性を完全には否定できないと思われる。以前の報告では抗AQP4抗体が測定されておらず、LCLも注目されてはいなかったので、脊髄MRI所見が記載されていない場合、積極的にNMOを除外できないと思われ、病型の類推はできないと考え、この表からは除外した。Table 1に示すように、1例を除いた全例が胸腺摘除術後に発症していた。このことからMGとMSが合併する場合、MGが先行し、TX後にMSが発症し、その病型は圧倒的にNMOが多いことがわかる。

Tx後に自己免疫疾患が合併することは知られているが、疾患は特徴的で、文献例ではMS以外では全身性エリテマトーデス(SLE)が18例、赤芽球癆 3例、橋本病 1例、抗リン脂質抗体症候群 1例、慢性関節リウマチ 1例、潰瘍性大腸炎 1例で、MSが抜きんでて多い。NMOは自己抗体や自己免疫疾患の合併頻度が高いことが特徴とされるが、SLEとともに多いことはNMOが膠原病的な性質を有しており、古典型とは病態が顕著に異なることを示唆している。このことは治療を考える上でも重要と思われる。

Tx後になぜSLEやNMOが発症するのかは解っていないが、Txから8年以上経過した患者では自己抗体価が高く、末梢血中で特定のVβT細胞受容体を有するCD4およびCD8陽性細胞が増殖していることが報告されている9)。脊髄炎発症時にMGは安定していたので、単純にポリクローナルにB細胞が活性化されていたとは考えにくい。本例では脊髄炎発症時にはプレドニゾロン15mg隔日のみの投与で、免疫機能は少なくとも抑制されていた状態とは言えなかったことが大きいかもしれない。Tx後にMGが安定していればこの程度の治療のなることは稀ではなく、NMOの発症頻度を考えるとス剤の用量だけではNMOの発症を説明できなと思われる。本例のHLA解析ではDPB1*0501が認められており、日本人には多いとはいえ、NMO患者に多いHLAアリル10)が認められたことは、リンパ球の免疫応答の背景としてNMOの病態を起こしやすい下地を形成した可能性は考えられよう。

Tx後に発症するNMOの時期はTable 1に示すように、TxからNMO発症までの期間は1年以内から30年とばらつきが大きく、平均値は8.2年、中央値は7.0年であった。自己免疫疾患が発症するのはTx施行したMG患者のごく一部であり、発症機序は単純ではないことが予想される。本例は再発しておらず、subclinicalな視神経炎さえなくNMOとは言えないが、Tx後のNMOの経過(本例ではNMOへの進展)が通常の経過と異なるのか否か、注意深く経過観察する必要がある。

本論文の要旨は、第90回日本神経学会近畿地方会(2009年6月20日、大阪)にて発表した。また、本論文は厚生労働省の「厚生労働科学研究費補助金」からの補助によった。抗アクアポリン4抗体を測定して頂きました、東北大学医学部神経内科・高橋利幸先生、同多発性硬化症治療学・藤原一博教授に深謝致します。

文 献

  1. 三須建郎、藤原一男、糸山泰人 : 視神経脊髄炎 (NMO) とアクアポリン4抗体. 脳神経 2008 ; 60 : 527-537
  2. Wingerchuk DM, Lennon VA, Lucchinetti CF, et al: The spectrum of neuromyelitis optica. Lancet Neurol 2007; 6: 805-815
  3. 村井弘之、山下夏美、吉川弘明ら : 2006年重症筋無力症全国臨床疫学調査 : 患者概数と基本情報. Neuroimmunology 2008; 16: 44. 井口貴子、野村恭一 : 重症筋無力症の合併症. Clinical Neurosience 2008; 26: 1004-1006より引用
  4. McKeon A, Lennon VA, Jacob A, et al: Coexistence of myasthenia gravis and serological markers of neurological autoimmunity in neuromyelitis optica. Muscle Nerve 2009; 39: 87-90
  5. Antoine JC, Camdessanche JP, Absi L, et al: Devic disease and thymoma with anti-central nervous system and antithymus antibodies.. Neurology 2004; 62:978-980
  6. Furukawa Y, Yoshikawa H, Yachie A, et al: Neuromyelitis optica associated with myasthenia gravis: characteristic phenotype in Japanese population. Eur J Neurol 2006; 13: 655-658
  7. Kister I, Gulati S, Boz C, et al: Neuromyelitis optica in patients with myasthenia gravis who underwent thymectomy. Arch Neurol 2006; 63: 851-856
  8. Nakamura M, Nakashima I, Sato S, et al: Clinical and laboratory features of neuromyelitis optica with oligoclonal IgG bands. Mult Scler 2007; 13: 332-335
  9. Gerli R, Paganelli R, Cossarizza A, et al: Long-term immunologic effects of thymectomy in patients with myasthenia gravis. J Allergy Clin Immunol 1999; 103: 865-872
  10. Matsushita T, Matsuoka T, Isobe N, et al: Association of the HLA-DPB1*0501 allele with anti-aquaporin-4 antibody positivity in Japanese patients with idiopathic central nervous system demyelinating disorders. Tissue Antigens 2009; 73: 171-176